記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

『ムーンライト・シャドウ』との再会

ムーンライト・シャドウ』、初めて読んだのはたぶん中学生の頃。出会いも別れも、まだ何かに守られた中で感じるものでしかなかった頃。
こんな恋をすることがあるのかな、こんな別離を経験しなければならないことがあるのかな、こんな不思議な経験することあるのかな。
中学生の私は、出会いや別れの実感の代わりに物語を想像で補完して、いつか「こんな恋」に出会えた時に備えて記憶の引き出しにしまった。物語の景色になった川にかかる橋は自分の生活の中にもあったから、橋を通る時たまにその物語を思い出していた。


+++ この先、物語の概要を記します +++


さつきは恋人の等(ひとし)を事故で突然失った。埋まることのない喪失感の中、夜の闇とその後に必ず訪れる朝の間でジョギングをし「気を紛らわせながら時間をかせぐ」毎日を送る。
彼の弟の柊は、兄と恋人を同時に失い(等は柊の恋人のゆみこを車で送っていく時に事故に遭った)、ゆみこのセーラー服を着ることで気持ちを保っている。さつきと柊は心の傷を茶化しながら、そしてその後きっとお互い気づかれないよう深い息を吐きながら、それでも毎日を生きていた。
さつきはうららという謎だらけででも抗えない引力を持つ女性と出会い、大きな川の側でしか起こらない不思議な出来事に導かれていく。
自分の認識よりずっとずっと削がれていったさつき。柊に支えられ、うららに見出され、亡くなった人の残した思いと残された者の悲しさが反応しその他の偶然がうまく重なった時にだけ見えるかげろうを見ることになる。もう戻ってこないことを、もう足を進めなければならないことを、行かなければならないことを、そのかげろうを見ることで咀嚼し決意する。


初めて読んだ時から30年近い(!)時間が経って、恋人ではないけど大事な人との突然の別れやそれでも続いていく自分の毎日、どん底ではないけどなんとか生きてる、みたいな時間を経験して、あぁ、この感じはどこかで触れたことがあるかもと思いながら、さつきと等の物語は記憶の引き出しの奥の奥にしまい込んでいて、それを探して改めてさらうことをしなかった。
怖かったから。
さつきと自分を重ねてしまうことが、さつきが経験した(ような)ことが自分にも起きてもう止まっていられないんだと思わなければいけないタイミングがやってくることが怖かった。悲しみを反芻していたかった。我ながら卑怯だ、どんなに考えても、悲しんでも、祈っても願っても、いなくなった人は戻ってくることはなくてそれでも自分は生きていて。悲しいのその先に行くことを先延ばしにして、それでも生きているということはそこに向かっているということなのに。そんな自分に向き合うことが出来なくて、この本を再び開くことを拒んでいたのかもしれない。

何十年かぶりに本を掘り出し物語を読んだ。きっかけはこの物語が映画になる、さつきは小松菜奈さんで等は氷魚くんが演じるということを知ったから。もう、大丈夫だと、勢いで読んだけど、それでもさつきが体験した夜の闇と朝の光の間で起こった大きな川を挟んだあちらとこちらでの出来事には心臓をぎゅっと握られるような思いがしてしまう。せめてちゃんとお別れを言いたい、そう思い続ける日々が終わることを、終わってしまうことをさつきはどんな思いで受け止めたのだろう。
悲しみきるってあるんだろうか。「落ちるとこまで落ちればあとはあがるしかない」っていうけど、悲しみにもそんな風に悲しみの底があるんだろうか。そこまでいくと、悲しみ以外の感覚が麻痺する毎日が終わることを受け止められるのだろうか。これまでの人生で「悲しい」の割と深いところまで辿った気がしているけど、私が知っている「悲しい」はまだその全部ではないということなのだろう、その全部を知る日はやってくるのかな、その時自分はどうなってしまうんだろう。


物語の中で描かれる美しい色彩と愛おしい音は拍動のように物語にリズムを添える、
夜の濃い群青、夜明けに向かう赤のグラデーション、真珠のように白い月、(詳しく書かれていないけどきっとそれは鮮やかなものだろうと想像する)ピンクや青のうららの服。
さつきの目に映る景色はきっとモノトーンで、それでもそのひんやりとした空気の中鮮やかな色彩が少しずつ景色の中に戻ってくる。さつき自身はきっと透明で、透けてしまった身体に等の鈴の音(さつきがあげた鈴を等はいつも持っていた)だけが響いていたけど、うららに導かれさつき自身の色も少しずつ戻ってくる。
人が人と近づいたり気持ちがリンクすることを辿って辿って、そうしていくと、そこにあるのは死の気配なのか。物語の中でさつきを見出すうららを、うららに導かれるさつきを見ていると、そんなふうに思える。口にせずともそういうものに導かれひかれあっていくのかもしれない、と。


また会える人がいて、もう二度と会えない人がいて、それでも生きていかなければならない。そんな風に思ったことのある人の心にこの物語はきっと作用する。
映画の公開は9月。映像は素晴らしく美しいだろう、ずっと想像してきた世界を自分はどう見てどう聞くだろう、そしてきっと涙をこらえることは出来ないだろう。一人で夜の闇の中観に行けたらいいな、公開になる頃レイトショーが復活していることを願って。


この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,580件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?