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2021年5月16日 ピサロ、再びの出発

去年の初演も運良く劇場でその空気を吸うことができた「ピサロ」。
もはや説明を省く昨年春のアレによるソレを経て、2021年5月15日から26公演の再演が始まった。
初日18時の開演に合わせて家を出る。去年のアレコレによるトラウマからまだ抜け出せずにいる今、チケットを持って家を出ても、PARCOに着いて8階に上がるエスカレーターでも、まだ本当にその時を迎えられるのか確実だと思えるものはなく浮き足立ったまま。なんにも感じず劇場に向かうことが出来る日を待ち遠しく思いつつ、だんだんと早足になりながら8階へ向かう。

8階に着き、開け放たれた天井まである大きくて真っ赤なドアの向こうの様子を見ることができた時、私が持ってきたチケットは初めて表面に印字されたことを全うできるものになった。
儀式のような検温や消毒を経てドアの向こうに足を踏み入れる。劇場の対応の徹底ぶりは素晴らしかった。決定している統一のルールに訪れる人々を導き粛々と対応していて、曖昧なところはどこにもなかった。その落ち着きぶりは大きな安心感と自分も今一度やるべきことをやらないとと背筋の伸びる思いと、お互いベストを尽くして作品を共有する清々しさをもたらした。

客席はほとんど埋まっている。気づかぬうちに間引き席での観劇に慣れていたのか、ホワイエから客席に入った瞬間に圧を感じるほど。席が埋まり幕が上がる時を待つ熱とざわめきと緊張、まもなくを告げるアナウンス、幕が上がる直前の暗転、息をひとつ大きく吸い止める瞬間。その高揚には麻薬成分が含まれているのかなと、何度劇場に足を運んでも毎回、そう思う。

昨年より、昨年から今年にかけて観た他のどの作品より、上演中の客席の空気の変化、張りつめている時とそれが緩む時の波を感じながら物語を楽しむことが出来た、きっとそれは壇上にも届いただろうなと思う。コミカルな場面では笑いが起きる、昨年のそんなことさえできないような緊張感を経ての今なんだと改めて感じるふっと客席全体が緩む瞬間。怯えるものの輪郭が少しはわかってきていること、何も変わっていないようで決してそんなことはないんだと感じる瞬間だった。諦めなければならなかったことがたくさんあっても、しばし立ち止まることがあってもそれでもその先へ進んできたことは、安心を支えてくれる糧となっているんだと明るい気持ちになった。


アタワルパは強く尊く輝く王。なのだけれど、それだけではない体温を感じられる王だった。作品の中でそう変わっていく様が見えるようで、それが最期に向かう程ピサロの苦しさを際立たせていた。
クライマックス付近のアタワルパへの光の当たり方、初演とは異なる部分、真っ直ぐな強い光を当てられてはいるけれどその反射だけではなく輝きを放っているのは王アタワルパそのものだ、ピサロとの距離が近づき人間らしさが出てくることで、自分の行く先を見据えることで光の色が変わったのかもしれないけれど、それでもやっぱりアタワルパは輝く太陽だと感じる美しい場面。瞼の裏に焼き付いて消えずに今もある(熱いだろうなとか眩しくないはずないよな目は大丈夫かなという心配もある)。
しっかりと地を掴む足とその上に組み上がる美しい身体は、地に足がついたその瞬間に根が伸び大地に根を張り全てを支えているようなしなやかで強い植物のような自然な安定感だった。氷魚くんの持つ足の先から頭のてっぺんまで水が巡っているような、彼が素質として備えているそのようなものが(透明感、が近いのだろうけど、それだけではなくてうまく表すことが出来ず歯がゆいのだけれど)、振れる感情や熱にフィルターをかけ、人間なんだけれどその枠を超越した「太陽の息子インカ王アタワルパ」を作り出していた。兄を殺し国を手に入れ、僧侶の代わりなどいくらでもいると平然と言い放つ、ピサロのそれとは異なる狂気を秘めたインカ王だった。


2度目のカーテンコール、客席はスタンディングオベーション。
割れんばかりの拍手を謙さんが一旦鎮めて、去年は幕開けを見届けることなく帰国を余儀なくされた客席の演出家ウィルさんを紹介する、客席も壇上もウィルさんに拍手をおくる。あたたかい瞬間だった。みんな笑顔だった。そのあと千秋楽までの改めての覚悟と優しい言葉で客席へ向けてのお礼と気遣いとお願いを述べていた。
壇上の方々の晴れやかな顔が見れて本当に嬉しかった。去年、笑いを誘う場面でも静まったままの埋まった席が疎らな客席を壇上からどんな思いで見ていたんだろう。カーテンコールの時だけではなく上演中から客席側に向けられる視線には、もちろん演じている姿を通してものなのだけど、どこか嬉しさや高揚や眩しさが含まれていたように感じて、壇上の方々と共にこの瞬間、この作品を共有しているという事実に震える思いがした。一瞬もどの場面も見逃したくなくて、3時間瞬きしなくても機能する目が欲しいと心から思った。

止まった時計が動き出し旅は始まったばかり。
この先また状況が変わってしまうことだってあるかもしれない。それでも、きっと動き出したピサロの推進力は変わらない。輝く王と熱滾る将軍に率いられ今日も旅は続いている。


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