ちょちょら組・伊勢の胃袋
旅といえばやはり飯。
言葉のバリエーションに乏しく、「うまい」一辺倒の表現になるので、グルメ情報はあまり書かないのだが、伊勢旅の9割8部が飯の記憶だったので無視するわけにはいかない。
一軒目
「山田館」朝食
料理でも有名な「山田館」の朝食は朝8時。完全夜行性の噺家にとっては、なかなか起きるに辛い時刻だが、うまい飯を食い損ねまいと身体にムチを打ち、ゾンビみたいな顔して6日間すべておいしくいただいた。
味はもちろんのこと、驚くべきはその豊富な「量」で、メインとなるおかずをこれでもかとテーブル一杯に並べてくる。その景色は、親戚の法事を思わせるほどの壮大さで気持ちが良い。焼き魚も日替わりで、鯛に至っては、小ぶりではあるが尾頭付きをご馳走になった。三日目には残したくないので減らしてくれと、こちらから降伏するほどの満足度。
次回来た時は、ぜひ夕食も腹一杯いただき、白旗をあげたい。
二軒目
「一月家」いちげつや
酒が好きだと観光協会の方に伝えると
「一月家なら間違いないでしょう」とのお言葉をもらう。
落語会の席亭からも
「文吾さんお酒呑みですよね?そしたら一月家はいかなんとね」
くる日もくる日も呑みつづける呑み師は、伊勢五日目にしてとうとう「一月家」なる居酒屋にたどり着いた。
というのも、東京ネット社会に犯されているこの軟弱脳は、「一月家」相手に、「予約をしなけば」と電話をかけては「つながらないので諦める」という愚行を繰り返していたからである。
コール音は鳴るも、一切電話に出ないので、直接伺ってみると、血気盛んに働いているではないか。四人が暖簾をくぐると、そのカラクリがわかった。
忙しく働く店主の脇で、間抜けに鳴り続ける電話。
「おい、忙しいんだ、電話にはでるなよ」
威勢の良い大将の声。
なるほど、つながらないわけだ。
相席も可能な大テーブルに通されると、看板のメニューは豊富だが、値段がいっさい書いていない。
ええい、知るものか。
かつおのたたき、鮫タレ、トマト、湯豆腐を選び、メモ用紙に書き写し女将に渡す。
頼んだ中ジョッキで喉を湿らせ、伊勢滞在からの楽しみである「鮫タレ」を待つ。
これがうまい。
鮫の干物であるのか、旨味が凝縮されており、ほのかな塩辛さがついつい熱燗を頼ませる。運ばれてきた日本酒は、銘柄なぞあるわけもない、ただの「燗酒」
したつづみを打ち、〆に頼んだ「カレーライス」にも大満足。珈琲に近い苦味を感じるどろどろした元祖カレーは、千円越えるややこしいスパイスカレーの遥か先にいく美味さ。
熱燗とカレーの化学反応を目にし、勘定を頼むと、大将が大きな「そろばん」を抱えやってくる。下げた皿もあるのだが、お構い無しにパチパチ弾く、かと思えば
「めんどくせぇや。ひとり3000円で」
サークルの幹事かといいたくなる気前っぷり。もちろん値段以上に食べて呑んでいる。
のちのち伺ったのだが、元気よく食べる若者はだいたい3000円らしいのだ。
かっこよすぎるではないか。
30歳を越えているおっさん四人は、いつまでも若くあろうと心に刻むのだった。
※そろばんが素晴らしく、楽日の会は「御神酒徳利」を申し上げました。
三軒目
餃子「美鈴」みずず
観光初日に車で移動の先に、街の角にぽつんとある、少しくたびれた赤暖簾の餃子屋をみた。開店の17時前から行列が出来ているではないか。伊勢に来たら美鈴と、誰しも口を揃える名店の暖簾をくぐったのは四日目で、二見から自転車を漕いだその足で、開店と共に並び席に着いた。
18席のみのカウンター。
18席に対し、10人のスタッフが目の前でそれぞれの仕事をこなしている。
大将はその場で餃子の皮をこね、若ぇ衆が手早く包む。焼き方、持ち帰りの袋詰め、勘定、客の整理と、完全分業制のチームワークは隙のない完璧な呼吸で、なにより凄いのは、その忙しさもイライラも一切見せず、みなが淡々と仕事をこなしているところにある。
このプロフェッショナルを拝みながら、出来立ての餃子をほおばる。
「うまい」
野菜多めの挽き肉で、皿の脇にそえる紅生姜もまた良いチョイス。
カレーや牛丼だけでない、紅しょうがの就職先は餃子だったのだ。
これに当てるはレモンサワー。
酸味もほどほどでアルコール感も完璧。
また、ありがたいのが、餃子だけでなく「唐揚げ」や「おでん」などの別メニューで、餃子を決して飽きさせない工夫がある。
ひたすら呑んで食べ、店を出るまでの所要時間は30分。この幸福は、みなが平等にうけるべきだと長居は野暮。
帰り際に無言で皮をこねていた大将が
「わりぃね。狭い店でっ」
このひとことが、なによりもあたたかい。
また必ず訪れたい、そして30分で立ち去るのだ。
以上、印象深いところを紹介していきました。飯も酒も、味を上回るのは、気持ちの良い接客です。仕事はしつつ、そのさきにひとこと添える気配りがプロフェッショナルなのだろう。
文・橘家文吾
ちょちょら組 落語家
橘家文吾 (Tachibanaya Bungo)
https://www.tachibanayabungo.com/
柳亭信楽 (Ryutei Shigaraki)
https://www.shigalucky.com/
三遊亭ぽん太 (Sanyutei Ponta)
https://pontathe2nd.amebaownd.com/
立川かしめ (Tatekawa Kashime)
https://peraichi.com/landing_pages/view/tatekawakashime/
【滞在期間】2022年11月7日〜11月13日
※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)