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<伊勢滞在記>牧野 貴(Makino Takashi)

 12月は現在制作中の新作の撮影期間としていたので、伊勢周辺では撮影、つまり作品の中で使用する光素材の収集をすることにしました。ずっと前に観たドキュメンタリー映画で、海や大きな湖が有る地域では、空気中の水蒸気に光が乱反射を繰り返し増幅するために、湿気の少ない地域よりも光の量が多い、ということを証明していたので、それ以来撮影場所はなるべく水の多い地域を選ぶようにしているのですが、海と山の間に位置する伊勢はまさに最適な場所なんじゃないかと期待していました。

また、伊勢に行く前日、突然ベルリン在住の音楽家から、「もうすぐ君が滞在する三重県に、隕石が落ちたらしいね」というメッセージが来て、ニュースを確認してみると四日市に見事な火球が落下する様が見えて、もしかしたら三重県には今、隕石や多くのクリエイターを引きつける強烈な力が働いているのかも知れない、、と期待はさらに高まりました。

火球の映像(BBCニュース)
https://www.bbc.com/japanese/video-55126775

 初日、早朝に宇治山田に到着して夜行バスから降りると、真っ白な日差しが肌に爽やかで、山の香りの中にかすかに潮の香りも感じる透き通った風が吹いていて、いきなり身体と精神がギュっと引き締まるのを感じました。やっぱり光と影のコントラストが高い。さっそく朝から営業している駒鳥食堂で食事をして栄養をとって、進富座で映画を観て体を休めてから伊勢神宮の外宮内を移動撮影しました。宮内では大津神社に向かう細く密やかな小道が気に入って、何度が往復しました。日が暮れる頃になると、外宮の背後に太陽が落ちていくので、鎮守の森に後光がさしたような状態になり、森の緑がどんどん漆黒の闇に堕ちていきます。その光のゆっくりとした変化を眺めながらいただく伊勢角屋麦酒の樽生は、心にも身体にもどこまでも深く浸み込んでいきました。

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 二日目には神島へ撮影に行きました。神島は鳥羽から船で40分くらいのところにある有人島ですが、船の本数も非常に少なく、また飲食店も全て営業していないし自動販売機も大半が壊れているので、もし行く人はお弁当と汗拭きタオルを持参する事をお勧めします。さもないと、永遠に続くかのような心臓破りの階段を昼飯抜きで踏破するのは難しいかも知れません。この日は雲が多くて風が強く、約十分おきに太陽が出たり隠れたりしていて、午前中からずっと夕焼けの状態にあるような不安定な天気でしたが、だからこそ空が割れるような瞬間や、太陽が四つに分裂して見えるような瞬間を見ることが出来たので、それらを数時間かけて微速度撮影しました。やはり離れ島から見る雲は、とにかく神々しさがあります。その後カルスト地形の断崖付近を撮影しながら歩いていると、ふと5年前に渡嘉敷島の断崖で一人で撮影していた時のことを思い出し、この断崖には悲しい出来事や歴史が無かったらいいなと思いました。三島由紀夫の書いた神島が舞台になった小説は、どうやらハッピーエンドらしいですね。

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 三日目には駅前で自転車を借りて、外宮周辺、内宮周辺、二見周辺などを疾駆して移動撮影をしました。二見方面の海は夕日が沈む方向とは逆方向に位置する為、夕方にはかなり寂しく暗い雰囲気になるので、二見界隈で思索を深めたいと思っている方は精神的な準備が必要かも知れません。一日中市内をくまなく疾駆してわかったのは、観光地でない地域にも目を見張るような古民家や風情のある神社が数多く点在しているということでした。何度も寄り道をして、何度も小さな神社を訪れました。そして多くの家の玄関に掲げられている「笑門」という藁のかざりには、この家は須佐之男命の力により疫病から守られているという意味があるようです。いまこそ、須佐之男命の活躍する時ですね。

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 四日目には列車に乗り、遙宮(とおのみや)とも呼ばれる瀧原宮へ撮影に行きました。ディーゼルエンジンで全力疾走する列車はいかにも力強く頼もしい感じがしましたが、感染対策のためと思い自主的に開けた窓から排気ガスが大量に車内に入り込んでしまい、少し辛い思いをしました。滝原駅から瀧原宮に向かう道も趣深くて静かで楽しく、宮内は観光客も少ないので、時間がある方はきっと行ってみたら外宮や内宮とは異なる静寂の中で思う存分思索に耽られると思います。川の流れもおだやかで、足元を濡らしながら川の上流まで歩いてみると、自分の足跡の他には鹿か猪の足跡が点々と続いているばかりでした。

駅へ向かう帰り道、廃墟の庭に生えていた巨大な檸檬の木から実を一粒もいで、皮を爪で少し傷つけて香りを嗅ぎながら強烈な光のコントラストの道をひたすら歩く経験は、ベルイマンの「野いちご」の幻想シーンの中に迷い込んだような、キリコの絵の中に入り込んだような、目眩がするような白昼夢体験でした。帰りは今川で途中下車し、離宮院公園の林で少し撮影してから歩いて伊勢駅方面に戻り、餃子の美鈴さんに立ち寄って小腹を満たしてから一月家さんに行くと大将が「お~ にいちゃん!今日はどこで撮影したん?」と明るい笑顔で迎えてくれて、一日中一人で行動して冷えていた心に大将の優しさと八兵衛の熱燗がどこまでも浸み込み、その後のことはあまり覚えていません。

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 五日目の午前中は思索と映像データの取り込みや整理を行い、以前から密かに関心を寄せていた「ポ~子チャン」に行くと、しばらく休業とのことで、残念に思いながらも駒鳥食堂で爽やかな昼食をとり、麻福という麻を取り扱った商品を販売するお店に立ち寄ってみると、毎日夕刻になる頃に伊勢神宮に関するドキュメンタリーを上映しているとのことだったので、映画を観ました。鑑賞後、皆さんにお礼を言って闇の中に去ろうとすると、明治時代の書生さんのような風貌の人が話しかけてきてくれて、そのまま意気投合して一緒にPoni Anela(ハワイ語で紫の天使という意味?)さんに飲みに行き、建築家志望で非常にリサーチ力の高い書生さんから新たな多くの伊勢情報を得ることが出来ました。

 六日目は書生さんから教わったルートを自転車で駆け巡りました。かつては日本三大遊郭の一つに数えられたという伊勢街道にある古市とその資料館、日曜日でさえも観光客が絶対に一人も来ないと言われる内宮の裏道など、初めて内宮付近に来た時よりも一歩深く踏み込めた感じがしました。特に足神さんから始まる内宮の裏道(伊勢南勢線)の奥地では、神秘的な体験をいくつかしました。飛び石エリアや湧水ポイントを超えてもっと行ったあたりで突然、自分は今、透明な鳥居をくぐったのかと思うくらい、何もかもが急激に一変する地点がありました。その瞬間は少し怖いですが、次第に感覚が鋭敏になっていろんな音が聞こえて来るようになります。

追記:後で調べたら、変化が起こったのはまさに「鏡岩」がある地点でした。

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 七日目の午前中は帰りの支度と撮影データの整理をしてから、自転車で市内を探索して、最後の晩もやはりお気に入りの一月家さんに戻ると、偶然にも例の書生さんがすでに店の奥で顔を赤くしていたので挨拶して、今回の企画の中心人物である立花さんに感謝とお礼をお伝えしました。大好きな大将にも別れを告げて、色紙にサインをして、充実した時間が終わって夜にまた一人になって、ふと時計を見るとまだ九時で自転車もそこにあったので、外宮周辺、勢田川沿い、さらに内宮周辺をもう一度走ってみました。きっと夜中の内宮付近では、雅な宴会なんかが盛大に繰り広げられているのかも知れないなんて思ったのですが、着いてみると店も一件も空いていなく本当に誰もいなくて真っ暗で、昼間とのコントラストの強さに驚愕しました。誰もいない参道のど真ん中をを自転車で疾駆しながら、ふと誰かの目線を感じたので振り返ると、それは巨大なおたふくの看板で、突然暗がりの茂みの中からガサガサっと音がして、旗の紐が風に揺れる音が調律のずれた弦楽器による即興演奏のように響き渡っていました。そういえば、伊勢滞在中はずっと風が強かった。
終点である内宮の鳥居の前で自転車を止めると、遠くに箒を両手で握りしめた人が一人、微動だにせず俯いて立っていました。「もしかしたら、あの人も自分が鏡岩付近で聞いたような不思議な音や声が聞こえているのかも知れない、、」と思いながら鳥居と鎮守の闇と足神さんに静かに最後の挨拶をして、風の速さで宿へ戻りました。

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 最終日は未練がましく伊勢に長居することも考えたのですが、えいやと思い立って朝に速やかに宿を出てディーゼルエンジンの列車で力強く名古屋へ向かい、新幹線で家に戻りました。自宅近くの駅で降りて最初に思ったのは、光が弱い、風が吹いていない、空気が甘い、ということでした。家に帰って家事をして仕事を再開すると、普段は2日かかる仕事が不思議と2時間で終わったので、かねて伊勢のぎゅ~とらで買っておいた横綱印の伊勢うどんを調理しました。うまく再現出来たので喜んで食べていると、「伊勢に行けてよかった、、」と長らく心の奥底に封印していたノスタルジーという感情が胸の中で静かに湧き上がるのを感じました。なんて贅沢な時間だったんだろう。本当にありがとうございました。伊勢周辺で採取した光は作品の中で反響させて、いつか伊勢の皆様にも還元していければと思っています。大変な時期ですが、また元気に伊勢で皆様に再会出来る日を楽しみにしております!

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牧野 貴(Makino Takashi) 映像・映画・音楽・コラージュ作家https://makinotakashi.net/
http://anomalytokyo.com/artist/takashi-makino/

【滞在期間】2020年12月1日〜12月8日

※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)