南 阿沙美 伊勢滞在記 泊まれるトリックアート「山田館 」
3月12日、日曜の夕方伊勢市に到着した。伊勢市駅から伊勢神宮の外宮にのびる道は広くて明るい。その外宮参道に山田館がある。入り口ガラス戸の向こうには女将さんともう一人女性が見えて、母と一緒に中に入るとすぐわかってくれた様子で、早速ご挨拶をした。
玄関は横に長く、ど正面にある階段は重力に逆らうレッドカーペット状態。女将さんに案内されレッドカーペット階段に吸い込まれるように2階へ上がっていく。
「ここは…」また一段上がり「ここは…」また一段上がり「一体ここは…」という気持ちが押し寄せてくる。階段を上がりきると目の前には共有スペースがあり、ピカピカしてない窓から見える中庭には、1階から伸びる木の葉がその奥の窓に大胆にもたれかかっている。十歩歩くとまた3段ほど降りる階段があり、そこから細く伸びる廊下を歩きながら、「ここは…」と真っ直ぐ歩けていない自分に気が付く。次は突き当たると左右に伸びる廊下があり、ここから真っ直ぐに歩けるようになり何か別の建物に変わったような。左奥の角部屋が今回私達の部屋のようだ。
「すごいですね」
私はまだどういう意味のすごいなのか自分でも理解していないまま女将さんに言うと、「古いのでねえ」と笑顔。まだこの時はきっと女将さんも、私がどう言う意味ですごいと言っているのかわからない為か、少し遠慮している様子であった気がした。
畳の部屋には既に布団を敷いていてくださり、お風呂の時間を19時、とお願いした。
近くで夕食を済ませ、山田館に戻り一休みしてからお風呂。
2階の、泊まる部屋とは反対側の廊下に、浴場はこちらと張り紙がありそこを矢印に促され進むと、宿泊客が利用する感じではない部屋がいくつかあり、そこに1階の浴場に降りる階段があった。
降りる前から、既に左に傾いているのが目で見てわかったので左の手すりにつかまり降りていく。私より先に母が降り始めたが、「こわい!こわい!」と言いながらも1段降りるごとに爆笑していて、こわいのになんかおもしろくなっちゃってる母を見ながら後を追う私もまっすぐ降りれず、がんばってもがんばっても左の壁に引き寄せられてしまい、二人とも左の壁に吸い付きながら腹を抱え笑い、こわいのか何なのか混乱しながら、なんとか1階の浴場の前に着いた。
ガラスには「南様 貸切」と張り紙を貼ってくれている。古いけれどタイルはかわいらしく、お湯の温度も気持ちよくてかなり最高の風呂だった。
翌朝、8時に朝食をお願いをしていた。前日に、場所はどこですか?と聞いくと「…呼びに参ります」と、若干意味深で少しこわかったのだが、朝になり案内してくれた部屋は、建物内を移動する時必ず通る廊下の、襖を開けた広い部屋だった。
大きなテーブルに、私と母の二人分の食事が並べられている。母は感激。お味噌汁などの温かいものを最後に持ってきてくれて、女将さんは「ではごゆっくり~」と笑顔で去っていった。
かなり量が多いが母はほとんど食べた。たっぷりのあんかけ茶碗蒸しが美味しかった。
部屋には鎧や鶴の掛け軸や壺や胡蝶蘭など、文字にするだけで豪華なものがずらりと置かれているのだが、襖は閉めても下の方だけ開いているなど、やはり全体的に曲がっている。とても不思議空間。そしてこの部屋、窓は開かないようでカーテンも閉められており、部屋は電気がついている。朝食が豪勢すぎて、夜ご飯を食べているみたいでトリック感がある。
昨日は日曜だったため、月曜のこの日、ワーケーション事務局の三宅さんと9時に会う約束をしていた。三宅さんが山田館に現れ、お部屋借りていいですか、と女将にお願いすると、2階の別の部屋に通してくれた。広い。
鍵がかからないからこの部屋には泊まれないのだろうか。しかしここも広さのせいで部屋全体が緩やかな波のような曲線があり、海にいるようだった。
ワーケーション中の、レンタサイクルなどの利用できるサービスを教えてもらった。ここから自転車で15分くらいの、みたすの湯も利用させてもらいえるので早速行こうと思ったが、この日の夜は急に寒くなったのでやめて、また山田館のお風呂にした。階段を降りるのは初日より上手くなった。少し冷静になり、これはピサの斜塔だと思った。行ったことないけど。
山田館朝食2日目。今回事前の申し込みで、朝食付きにしてもらっていたはものの、私は出かけた街の喫茶店のモーニングを食べるのも好きなので、1日くらい朝食抜きに変更できないかなと思ったのだが、あまりにも母が大喜びだったので3日間ともそのまま朝食をいただくことにした。
昨日と同じくすごい量。むしろ若干増えているような。私の山田館への「すごいですね」が、好意的であることが伝わり始めたような気がする。女将さんとも会話が増えて、準備を終えると「ごゆっくり~!」と去っていく時だけ、あっちの方向を向いて笑顔なのだがそれがなんか良い。あっちむいた笑顔のまま消える。
3階もあるようだが、宿泊の部屋はない様子。
「館内探検はご遠慮ください」と言う張り紙があり、これまで多くの人がこの館の「探検」を試みようとしたのがよくわかる。
部屋を出て1階の玄関に行くといつも必ず女将さんがどこからか出てきて鍵を預かってくれる。これは多分、2階を歩く私達の足音聞いてのアクションだと思う。
1階の奥の部屋はどうなっているのかわからない。どう繋がっているどんな部屋でどう過ごしているのかとても気になるが、知らない方がロマンがある。
山田館最後の朝食。さらに量が増えてる気がする。母が女将さんに「どんどん増えてませんか?」と聞くと、「食べられるお客様には増やすんです~」と本気が冗談かわからない感じで言っていた。
10時チェックアウト。改めてお礼を言い、女将さんに「写真撮っていいですか?」とお願いすると、え~!と言って「じゃあお母様と」と私の母と並んだ。その時女将さんは母の肩を自然にぐっと寄せて、私は、ああやっぱりこの女将さん好きだなーと確認したのだった。
この館に泊まってほしい人の顔が何人か浮かびます。浴場へのあの階段を体験してもらいたい。一緒に降りたい。朝食で満腹の後、でっかい急須でお茶を注いで飲みたい。
母もその後ずっと楽しそうに山田館の話をし、「また泊まりたい!」と言うのであった。本当にありがとうございました。
南 阿沙美(Minami Asami) 写真家
【滞在期間】2023年3月12日〜18日
※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)