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< 伊勢日記 / 前編 > 横山 麻衣(Yokoyama Mai)


伊勢市クリエイターズ・ワーケーションに応募したのは作品制作のインスピレーションを得るために伊勢市内の仏像などを拝見したいと考えたことがきっかけでした。国宝や重要文化財に指定されている文化財は、特別展などで人目に触れる機会が多いですが、県や市指定の文化財は、現地に赴かない限り目にする機会はめったにありません。そこで、伊勢神宮を中心とした神社のイメージが強い伊勢市にはどのような文化財があるのか気になったのが当初の動機でした。

コロナによる延期を経た2023年3月2日から12日(10泊11日)の旅程の中で、事前に計画していた以上に多くの経験を得ることができました。滞在中に制作したドローイングブックと共に、伊勢日記と称して書き連ねていこうと思います。


初日 2023年3月2日
東京から名古屋までののぞみ85号は、平日の朝遅い時間だったから自由席でもだいぶ余裕があった。名古屋からは快速みえ9号に乗って伊勢市まで向かう。ネットの予約画面では指定席が△になっていたので超満員の特急を予想していたが、名古屋駅のホームに停まっていたのはかわいらしい二両編成の車両でおどろいたのをよく覚えている。今回の旅はこの瞬間から始まったように思う。

暖かな日差しにとろとろ眠りながら伊勢市まで往く。正直に言うと、降り立った伊勢市駅の意外なほどのローカルさに驚いた。伊勢神宮の壮大なスケール感がわたしの中の伊勢のイメージだったので、それと比べたら小さな駅舎と、ホームの真ん中に置かれた赤福の看板付きの木造りのベンチに出会した時、ひとつの街としての顔を初めて見た気がした。

今回の旅では画材はすべて現地調達しようと思っていた。
宿に着いて一息ついたあとまずは画材を揃えようと思って調べると、ここから1キロ程度のところに伊勢和紙館という所があるらしい。閉店まで猶予があったので行ってみることにした。広々した敷地には工場・ギャラリー・ショップがあった。店内にはインクジェットプリンタに対応した和紙(何色も展開している!)や手漉き和紙が並んでいる。せっかくなので、ここでしかない珍しい紙はありますかと尋ねると、店員の女性がカウンターの奥にある引き出しの中を見せてくれた。そこには海藻入りの楮紙(こうぞし)や杉皮入りの楮紙などの変わり種がいくつも入っていたので、ひとまず全種類買ってみた。今回制作したドローイングブックこと伊勢日記は、全てここで入手した和紙をベースにしている。

紙垂と蘇民将子孫家門の門飾り


3月3日

今日は夫婦岩で有名な二見浦に行った。
正直すぎるほどの適正価格が付けられた貝殻や、歴史深そうな旅館をおもしろがりながら海まで行く。ひな祭りの頃だったので通りの店先に雛人形が飾られていた。みそぎのまち(かつては二見浦で禊をしてから神宮参りをしたという)というのぼりを横目に海沿いを歩いていき、二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)の更に奥へ進んでいくと大小の岩に注連縄を巻いた夫婦岩があった。この岩は鳥居の役目を果たしていて、実際の御神体は700メートルほど沖合に沈んだ興玉神石だそうだ。江戸時代には頭が見えていたそうだが、幾度かの地震によって今は完全に海中に沈んでいる。

二見浦の夫婦岩

それから御塩殿神社(みしおどのじんじゃ)まで歩いて行った。本当に何の気もなく立ち寄った神社だったが、この旅で一番感動的な出会いがあった。きれいなジグザクの箒跡が残る砂利道をできるだけそっと歩いて、森に囲まれた敷地内をぐるりと歩いた。表に戻ろうとした時、白装束に身を包んだ人影が社に入るのが見えて後を追いかけた。来た時には閉まっていた扉が開いていて、茅葺屋根からはもくもくと煙があがっている。中に不思議な三角形が並んでいるのが見えた。しばらく見とれていると、神宮周辺でガイドをしているという男性がやってきた。話を聞くと明日は「御塩焼固」と呼ばれる半年に一度の塩焼きの日らしい。今日はその準備をしているとのことだった。伊勢神宮で使う塩を半年分焼くのだといい、あの三角形は塩をき固めるための土器(粘土)を乾燥させたものだと教えてくれた。

御塩殿神社 三角形の塩

その後、そのガイドの男性に御塩浜まで連れて行ってもらった。
五十鈴川の汽水域から引き込んだ塩水を使って塩を作るらしい。今の時期塩田は使われていないが、手前にある黒木鳥居(くろきのとりい)が珍しかった。

御塩浜 今は水がない


3月4日

今日は遅起きして、宿の近くにある伊勢うどんちとせに行ってみた。(大正六年創業の老舗、開店と同時に満員になっていた。)極太の麺、濃く煮詰められたつゆは器の三分の一ほどで、(わたしは天ぷら伊勢うどんを頼んだので)海老が二つ乗っていた。真っ黒なつゆが麺に絡むと焼きそばくらい色が濃くなって驚いたが、すすってみるとちょうど良い。動き回るのに量も丁度良く、ハマってしまって滞在中2、3回リピートした。

それから箕曲中松原神社、倭姫命宇治山田陵墓参考地、日蓮聖人誓願の井戸、皇大神宮別宮の倭姫宮を経由し、神宮徴古館まで歩いてみた。徴古館の館内には神宮に関する歴史や資料が展示されている。通路に展示してあった巨木の輪切りは直径3メートル以上はありそうな代物で、数百年に及ぶ年輪とそれに対応する歴史的出来事が書き連ねてあり、なんだか急激にこの土地の歴史の深さを実感して、しばらくぼんやりと眺めていた。また、最後の展示室にある両宮曼荼羅(参宮曼荼羅)も印象的だった。日輪と月輪が左右に描かれたこの作品には内宮と外宮が描かれている。縦に左右を分断する川のダイナミックな構図感がとても面白い。

両宮曼茶羅(参宮曼茶羅)

満員のバスに乗り込んでいよいよ内宮に向かう。せっかくだからおかげ横丁(参道)を歩こうと思って途中で降りたのが間違いだったかもしれない。おはらい町・おかげ横丁は日曜日ということもあり、歩くこともままならない程のものすごい人出だった。すっかり人も戻っている。どうにかかきわけて辿り着いた内宮もまた大変賑わっていた。人の流れに乗って鳥居を潜り、わけもわからず前に着いていく形で橋を渡っているとき、いよいよ“お伊勢参り”に来たんだと思った。かつては徒歩での超長旅を経て、やっとの思いで辿り着く場所だったろう。てんでばらばらな土地から集った人々が一様に目指した伊勢神宮の、その広大な敷地の奥にある正宮(皇⼤神宮)を目指して行脚する最後の行程だと考えると、この人混みはいつの時代も伊勢神宮に欠かせない一要素なのだろうと思った。

猿田彦神社と佐瑠女神社にも足を運ぶ。芸能の神様だと聞いていたので猿田彦神社にお参りしたが、後日芸能の神は佐瑠女神社のほうだったと知った…。(別日に改めてお参りした!)そこから月読宮まで歩く。内宮から少し離れているせいか人は少なく、涼しく静かな空間が好きな人にはおすすめ。

そして最後に月読宮の向かいにあるおとうふカフェまめくというカフェに立ち寄った。寒天と黒豆に黒糖蜜をかけた五十鈴しぐれという甘味を頂いたが、程よく甘くてとても美味しい。また、店内には伝統の伊勢型紙と多色摺木版画を融合させた多色摺伊勢型紙版画の工房兼ショップもある。作家の方が奥にある作業場で制作した絵葉書サイズの版画作品を購入することができるのでぜひ立ち寄ってみてほしい。

横山 麻衣(Yokoyama Mai) アーティスト

https://www.yokoyamamai.com/

【滞在期間】2023年3月2日〜12日

※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)