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雑文(57)「ホットドッグ」

「お持ち帰りですか? それとも店内でお召し上がりですか?」
 店員の女にそう訊かれ、男はこう答えた。
「あのね店員さん、たしかにお持ち帰りといえば、お持ち帰りだけどさ、預けたものを引き取りに来ただけなんだよ、俺は」
「かしこまりました。お持ち帰りですね」と、店員の女は知らん顔で話を進め、後ろを振り返って壁の掛け時計を見やると男に向き直って、相変わらずの作り笑いで言う。「少々お時間を頂戴しますが、よろしいでしょうか?」
「どのくらい?」
「三十分ほどになりますが、お待ちいただけますか?」
「長いね。ちなみに店内でお召し上がり、なら?」
「十分ほどでご用意できます」
「えらい違うな」
「梱包に多少お時間がかかりまして」
「保冷剤とか、うち近いからいいんだけどさ、別に。じゃあその店内でお召し上がりって奴で。解せないけど。ていうか、店員さんのボケに乗っかってるだけだから、梱包とか保冷剤とか、言っとくけど勘違いしないでよ」
「お席までお運びしますのでお席に着いてお待ちくださいませ」
 そう言って苦笑する男をあしらうと店員の女は男の後ろに並んでいた男に、お持ち帰りですか? それとも店内でお召し上がりですか? と相変わらずの作り笑いで訊ねていた。
 静々と席に着いた男は、出張帰りの疲労からか、気づくと腕を組んだままゆっくり呼吸をくり返し、ぎゅっと閉じた目は自力では開きようがない、くらいのひどい疲れようだった。急な辞令を受けて自宅を出発するのにあまり時間がなく、十分な準備もできなかったため、あまりよく考えずにこの店に預けて、考えればあの時の俺はかなり早口だったし、あの時の店員の女からの返答もろくに聞かない焦りようだったなと、いまなら反省できる。ともかく俺は本日無事に帰って来て、その足でここに来ていまかと待っている。一週間の出張だったが、体感ではもっと長く感じる。それほどにいままで親密に接してきたから当然かもしれない。それはあいつも同じだろう。俺がいない間、ずいぶん寂しかったに違いない。生まれてからこんなに長く俺から離れたことはなかろう。待ち遠しい。十分が永遠に感じられる。むにゃむにゃ。
 お客さま、はじめそれはかなり遠くから聞こえたくぐもった声だったが、徐々に視界が鮮明になると肩を揺すられ呼ばれているのだとわかった。
「お客さま」
「はい」寝惚け眼で見るとさっきの店員の女が心配げに男の顔を覗き込んでいた。
「お待たせしてすみません。ごゆっくりお召し上がりください」頭を軽く下げて、男に背を向けると店員の女は持ち場のカウンターに帰っていった。
 意識が徐々に鮮明になるとテーブルの上に置かれたものに目が合った。最初それがなにかわからなかった。というか、それがなにか理解できないほどに戸惑った。次第に呼吸が荒くなり、勢いのまま立ち上がってカウンターに戻った店員の女に手を挙げて、「あのう、すみません」と声を上げていた。
 テーブルの上に置かれたものは、ホットドッグだった。

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