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雑文(37)「中年発電」

 会社でこき使われ、加齢臭しかしない中年男たちを、国は社会悪になるつつある彼らを社会の発展のために活用するべく、「中年発電」法案なるものを議会に提出し、じゅうぶんな審議の末それは賛成多数でなんなく可決され、すぐさま施行された。
「――なんだってよ」
 と、ひろげた新聞紙越しに夫は、台所で洗い物をこなす妻に話しかけた。
「いいじゃない、あなたも応募したら? 配偶者の金銭的な援助は生涯面倒みてくれるっていうじゃない?」
 皿の水滴を流しで切って、濡れた手を腰からぶらさげたタオルで拭きながら、夫の座るソファの後ろに回りこみ、新聞記事を興味ありげに目で追いだした。
「どうせ一生薄給なんでしょ、あなた。ならいっそ社会貢献のために立候補しなさいよ。手付金だけで一○○○万円もらえるって破格じゃない?」
「金かよっ」
「金だよっ。生活するにはね、なにかとお金がかかるのよ。長女のさおりはことし大学受験だし、長男のまさるはことし高校受験でしょ? 出費がねかさむのよ。だからいっそ国のためにあなた、とびこんできてちょうだい」
「おいおい冗談はよせっ」
「てか冗談じゃないってば、ほんきよ」新聞紙を取りあげて、ぱさぱさ畳んでラックに直した妻が、夫と対面する向かいのソファに腰をおろし、真剣な面持ちでかつ、淡々とした口調で続ける。「おねがいだから、わたしたちのためにね、おねがい。毎年墓参りには行かせてもらいますから、盛大に供養してあげて、子どもたちにもあなたの功績をだいだい伝えるから。だからおねがい、わたしたちのために死んでちょうだい」
「おれのことはどうでもいいのかよっ」

 火力発電の要領とほとんどおなじだった。燃料となって、その蒸気でタービンをまわして電力を発生させるのだ。苦痛はないらしい。身投げしていっしゅんでまる焦げになると、意識なんかありませんよと、発電所の職員から合同説明をうけ、質疑もなしに、気持ちの整理すらなく、全国から集められた中年男たちが、燃えさかる火炎の中にとびこんで、燃えつきるのだ。
 誰もがぶくぶく太った中年男たちで、家庭のために身を投げるのだ。その脂肪を燃やし、燃料に変え、全国の住まいに電力をとどける。社会悪でしかない彼らの、これは人生をかけた社会貢献であり、償いであった。人びとのしあわせのために死んでいくのだ。
「次の方どうぞっ」
 あれこれ考えにふけっているまに順番がまわってきた。火炎湖に突きだされた板の縁に立つと、くらくら目がくらんだ。あと一歩踏みだせば、まっさかさまにおちて、火の海にのまれて、ほんの少しだけの燃料の足しになって、わずかに動いたタービンによって、きわめて微量の電力を発生させ、全国に、いや館内の空調に消費されるだけだろう。
 どたんばになって、いやになってきたのだが、あと戻りはできない。うしろには自分の番を待つ不安げで口数の少ない中年男たちが規則正しく三列に並んであって、左と右にさっきまで立っていた仲間の姿はもうない。
 係員の男からさいさんの警告をうけ、いざ飛ぼうとしたときだった。
 プラカードを持った人権団体の人びとが警備員たちのバリケードをやぶって、施設館内に侵入してきて、発電所職員たちともみ合いへし合いをはじめ、場内は乱闘の様相で混乱をきわめ、逃げまどう人びとが足場を踏みはずして、炎の中におちていって、そのつどパトランプがチカチカ点滅してタービンがまわり出し、力強く電力メータがあがっていく。次から次に外から人権団体の構成員たちが角材を持って殴りこんできて、職員らと流血騒ぎをおこし、対立する集団の怒号や罵声の活気で踊り場はむしかえる。
 床がかたむいた。
 と思ったときにはすでに遅く、かたむくとそのまま滑るように発電所の20代の若手職員やら、人権団体の特攻部隊を構成する10代の隊員やら、前列で待機してあった30代から40代の中年男たちやら関係なく、ごった煮状態で燃えさかる火の轟音の中に消えていく。
 滑りゆくなか、発電量をしめす電光掲示のその数字が目に入った。本日の目標をゆうに達成し、タービンは爆音を響かせ、軸ベアリングを摩擦させて豪快にまわり、全国津々浦々にたっぷり生みだされたできたての電力をとどけていた。
 襲撃のおこったその日、世の中は少しだけ明るくなった。
 年齢の引き下げを盛りこんだ改正案が議会に提出されたのは、その翌年のことだった。

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