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雑文(16)「におい」

 カルバンクラインのエタニティーを嗅いだ。
 外出する時に私は決まって両手首の内側と首筋にワンプッシュ、それが私のルーチンだ。
 臭い。臭いのだ。
 世の中は臭い。なのにどうして平気な顔をして歩けるのだろうか。信じられない。
 私はまたカルバンクラインのエタニティーを嗅いだ。
 会社は臭い。だから私は辞めた。耐えられない。上司のパワハラには耐えられたが、臭いに、つまりは上司の口臭に私は耐えられなかったのだ。カルバンクラインのエタニティーを何度嗅いでも、それはひどい臭いだった。
 街の中は臭い。たばこの臭いは論外だが、トラックの排気ガス、昔よりだいぶマシになったが、それでも臭い。だから私は街に出ず、必要な物はアマゾンで買う。無論、置き配だ。配達されたダンボール箱は消臭剤で入念に臭いを消すが、それでも残った臭いは、カルバンクラインのエタニティーでなんとかごまかし、私はそれをようやく室内に運び入れ、何重にもビニール袋を重ねた手袋を使って、中身を取り出し、ビニール袋を裏返してそれを冷蔵庫で保管する。
 納豆だ。
 臭いが味は好きだ。だから私は鼻をつまんで納豆を食って、食い終わったら何度も歯磨きし、トドメのブレスケアで臭いを消し去るのだ。
 彼女はいない。昔いた。だが、彼女の香水が臭かった。それで喧嘩になって、それで別れた。それで彼女と付き合うのに懲り懲りしたのだ。
 カルバンクラインのエタニティーを嗅いだ。
 やっぱり自宅が最高だ。
 外の臭いを思い出すだけで吐き気がする。いや、じっさい吐いた。洗面台にブレスケア香る吐瀉物を吐いた。
 洗濯が好きだ。
 臭いを消す。いや、匂いを付ける。無臭だと、布地の臭いが気になるから柔軟剤の匂いを付けるのだ。衣服はもちろん、ベッドのシーツや、布団カバー、雑巾に至るまで柔軟剤が香っている。だから私は洗濯が好きだ。
 カルバンクラインのエタニティーを嗅いだ。
 汗にだってカルバンクラインのエタニティーが染み込んでいる。カルバンクラインのエタニティー、いい匂いだ。
 風呂は嫌いだ。
 カルキ臭に吐き気がする。いや、じっさい吐いた。浴室はブレスケアの香りで満ちている。シャワーは私に染み付いたカルバンクラインのエタニティーを洗い流すから、私はやっぱり風呂が嫌いだ。
 ベッドの寝転んだ。
 柔軟剤の匂いに包まれる。枕の柔らかさに弾かれたフケですら私の好きなカルバンクラインのエタニティーの香りがして私は幸福感に包まれる。それは粉雪のように部屋に舞って、ひらひらと私の顔に降りかかった。

 いい匂いだ。
 いい匂い。
 いい。

 私は固まった。
 カルバンクラインのエタニティーを嗅いだ。
 慌てて私はボトルを見たが、予想どおりというかそれは底を尽きていた。アマゾンプライムでも早くてもあしたの朝八時が最速だろう。
 汗が流れる。いつも以上に汗が流れる。
 
 カルバンクラインのエタニティーを。
 うん?
 あれ?
 咳き込んだ。臭い。臭くて咳が止まらない。臭い。臭くて臭くて、臭い。臭い。臭い。臭い。
 嗅いだ、嗅いだ、嗅いだ。
 なんだこの臭いは。臭くて臭くてしかたない。
 臭い。
 
 それは私の体臭だった。
 私は震えた。
 ベッドから跳び起きた。
 臭い。ひどい臭いで気が狂いそうだ。
 私は。
 私は、臭い。

 私はキッチンに向かった。
 引き出しという引き出しを開けた。
 私はそれを掴んでいた。
 キャップを開け、私はそれのラベルを凝視する。

 それは、ハイターだった。
 引き出しの中には、ブリーチ、殺虫剤、パイプユニッシュなどが並んであり、試しがいがあると私は笑っていた。

  おしまい

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