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【シーン】銭湯からの帰り道

銭湯からの帰り道、澄んだ冬の夜気をめいっぱい吸い込みながら歩いていた。昔同じような夜に、別れた人のことを思ったり、明日からのことを案じたりして、感傷的になっていたことがきっとあった。だけどその思い出を、こうして日が経って味わうと、ちょうど銭湯上がりの冷たい夜風みたいな気持ちよさ。澄んだ空気に溶けていくと、幸せにも少し似ている。

だけどいま、同じ夜を歩いていても何も感じない自分がいる。幸せになってしまったんだとつい思った。なんて贅沢な考えだろう。だけど、確かに満たされているのを感じる。不満はない。今の僕は恵まれている。頭の中で思い浮かべたそんな言葉が、一瞬煌めくもすぐ切なさに変わった。

住宅地の間の細い道を歩きながら、家に帰る前に近くの飲み屋で一杯飲もうと思った。暗い道の前方に、突き当たった通りから漏れている灯りが見える。

幸せが切ないというのはなんだか違う。この切なさは何かに似ている。この夜空。済んだ空気。そうだ、サラリーマン時代、仕事終わりに見上げた空。その時の気持ちに似ている。職場から出て、すっかり暗くなった、星がぽつりと光る夜を見るのが唯一の癒しだった。一瞬の解放感の後、すぐに絶望感が押し寄せて、気づくと心はからっぽになった。

絶望の先には何もない。だけど、幸せの先にも何もない。

ずっと綱渡りをするような人生だ。幸せにも絶望にも、傾き過ぎるとそこには空虚な闇ばかりが待っている。

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ただずっと書いていたくて広げたノート。

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