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誰が金を必要とするだろうか? ゴールド132

金はその歴史は終えたのだろうか?

世界は自由裁量の管理を選択した

世界は金の束縛に変えて、自由裁量の管理を選択した。金の足枷から自由となったのだ。

世界の全ての国ぐには他の国家の貨幣以外には何も交換することができない貨幣システムによって機能している。

われわれが手にしている貨幣が本物かどうかを決めるための試金石はもはやない。その貨幣はコンピューターのキーボードを叩くだけで費用をかけずに作られているのだ。


ドル、ポンド、そして金も永遠でない

多くの人はドルは体制を崩壊させないための接着剤だと信じている。ドルの役割は、金が過去に果たしていた役割と同じなのだ。そして、19世紀にポンドが果たしていたその役割とも同じだ。

だが、第二次世界大戦後、イギリスの金保有高は激減し、ポンドの供給量が需要を上回るとポンドの価値は下落した。

ドルはポンド同様に金属でないし、他のあらゆる国の通貨と何ら変わったところはない。いかなるものもその地位を永遠に保つことはできない。ポンドがそうであったように。そして、金でさえも例外でない。


誰が金を必要とするだろうか?

ドルが支配権を握っているのは、アメリカの経済力のためだけでなく、中央銀行 -連邦準備制度- の並外れた技量のおかげだという見解もある。1999年5月、ニューヨークタイムズは「グリーンスパンがいるのに、誰が金を必要とするだろうか?」という記事の見出しを掲げた。


ドルの主導権が永遠に続くとは全く思っていない

1895年、ディズレーリの言葉、「わが国の金本位制は商業的繁栄の原因ではなく、その結果である」を思い出してみよう。

1980年代、1990年代もそれと同じことだったのだ。世界中の主要国の中央銀行はうまく機能しているように見えた。いや、1980年代、1990年代の基本的な経済条件のおかげで、うまく機能しているように見えたのだろう。

インフレに繋がるような大きな世界戦争は一度も起こらなかった。インフレ圧力は、社会的なセーフティーネットと財政赤字を圧縮しようとする執念で抑えつけられていた。それは、合衆国だけのことではなくヨーロッパ、ラテンアメリカ、アジアの多くの国ぐにでも同じだった。そして、世界経済の競争の中でアメリカ企業がもっとも多くの勝利を収めていた。

中央銀行の真の力をテストしたり、ドルを安全な水準から急騰させるようないかなる圧力も働くことはなかったのだ。だが、われわれはドルの主導権が永遠に続くとは全く思っていない。ビザンティン貨幣などの中世の貨幣、ポンドなどがかつて主導権を握っていたのと事情は全く同じである。


損失防止装置として金が再び役に立つかもしれない

1980年代初めにインフレ熱が荒れ狂ったとき、怯えた大衆だけでなく教養ある人々までがドルから金へと乗り換えた。そのような騒乱が再発することが避けられないときがくれば、同じ歴史が繰り返されることもあるかもしれない。十分に発達した金市場は健在なのである。

1997年、ロバート・マンデル(1999年にノーベル経済学賞受賞)は「21世紀にも、金は国際通貨制度の一部であり続けるだろう」と予言した。

世界が混沌とすれば、最後の損失防止装置として金が再び役に立つかもしれない。だが、金が世界通貨としての伝統的な役割を取り戻すことはありそうにない。ドル、ユーロ、そして円などのすべてが国境を越えた支払いの場合の受け入れられる資産として機能しなくなる場合がこないかぎりは。


ゴールド 金と人間の文明史 ピーター・バーンスタイン

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