見出し画像

金の十字架に架けられていたのは労働者だけではなかった ゴールド108

ストロングはノーマンとモローの仲裁をしたが、実のところ、今や合衆国では国際問題よりも国内問題が優先されていた。

ウォール街の強欲

1927年の低金利政策により、途方もない勢いでウォール街の相場が上昇した。そして、投機が投機を呼び込んだ。

連邦準備銀行はこの問題に対処する方策を長期間にわたって話し合った。そして、投機を止めさせるのに十分な水準まで金利を上げるという荒治療を施してから、景気の減速を防ぐためにすぐさま金利を下げるという方策を取ることとした。

そして、連邦準備銀行は金利を3%、5%、6%へと引き上げていった。


投機は抑えられなかった

連邦準備銀行は金利を引き上げた。しかし、投機を抑えつけることは出来なかった。

なぜなら、連邦準備銀行が引き上げた金利は、金融機関が投機家への貸し付けから得られる利回りよりはるかに低かったのだ。沸き返る株式市場への資金供給の多くは、株を買うために借金をした人々によるものだったのだ。

連邦準備銀行は投機を抑えることは出来なかった。その代わりに、引き上げた金利の影響で経済全般を弱体化させてしまった。

すでに工業生産は、1929年10月のウォール街大暴落の前に減速していた。


イギリス、ドイツ、イタリア、オーストリア

金利の引き上げ、工業生産の減速は合衆国内部だけにとどまらなかった。

イギリス、ドイツ、イタリア、オーストリアの金利も急騰し、ウォール街大暴落のときにはすでに不況に向かっていた。ドイツの失業率は1928年夏から1929年末までに4倍になっていた。


大暴落の後、金が再び主役に返り咲いた

1928年から1929年にかけて、株式市場の急騰に連邦準備銀行が取り組んだときには金は何の役割も果たさなかった。

しかし、大暴落の後、金が再び主役の座に返り咲いた。ウォール街大暴落という破壊的な出来事の直接の衝撃によって、金への崇拝が強まり、金の地位はさらに高まった。


じつは、金の十字架に架けられていたのは労働者だけではなかった。

権力者の誰かが、「金は、金融と信用の進化における未発達で過渡的な段階の遺物」ではないかというチャーチルの言葉を思い出すまで、ヨーロッパと合衆国で経済、金融、そして人間がとてつもない損害を被ることとなった。


ゴールド 金と人間の文明史 ピーター・バーンスタイン

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?