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展覧会レポ:愛知県美術館「幻の愛知県博物館展」~博物館展示の見せ方~

2023年6月30日(金)~8月27日(日)にかけて、愛知県美術館で開催された企画展「幻の愛知県博物館」に行ってきました。これがかなり満足感のあるものだったので、皆尽村さんの推しコンプレゼン2023 Advent Calendar 2023に乗じ、感想をまとめてみます。素敵な機会をくださった企画主催者様、ありがとうございます!


企画展「幻の愛知県美術館」について

先述の通り、「幻の愛知県博物館」は、2023年6月30日(金)~8月27日(日)にかけて愛知県美術館にて開催された企画展です。以下は展覧会の基本情報になります。

タイトル:幻の愛知県博物館
会期:2023年6月30日(金)~8月27日(日)
会場:愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
開館時間:10:00-18:00
 金曜日は20:00まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週月曜日(7月17日[月・祝]は開館)、7月18日(火)
観覧料:一般 1,000(800)円
 高校・大学生 800(600)円
 中学生以下無料
主催:愛知県美術館、中日新聞社

愛知県美術館ホームページより(2023年11月30日閲覧)

実は、愛知県には県全体の風俗や自然をまとめたような、いわゆる県立博物館が、現在存在しません。しかし、過去にそういった施設がなかったわけではなく、戦前には愛知県博物館という一大総合博物館が存在しました。本展は、その「幻の愛知県博物館」の歩みを振り返り、もし今でも存在したら…?と愛知県博物館を再現したものになります。
実際に訪れたところ、かなり充実した満足感のある展覧会でした。①博物館で博物館について考えさせる展示構造、②愛知県博物館の再現、そして個人的に大感動の③とにかく展示が見やすいよう工夫されていたことの3点が良かったです。
次章からは、展示を順に追いつつ個人的な満足ポイントについてお話していきます。

第1章 旅する金鯱

博物館を考える二重構造

展覧会は大きく3章構成となっており、入り口から第1章、第2章…と進んでいきます。第1章では、「旅する金鯱」として、博物館の前段となる「博覧会」が愛知県の目玉たる金鯱を中心に紹介されます。
そう、博物館には前段となるものが存在したんですね。現在では一般的な博物館ですが、学芸員さんがいて、資料を収集・保存して、展示を行って…という現代的な博物館ができたのは結構最近のことです。今でこそ博物館法が整備され、収集、保存、調査研究、展示、教育といった役割が明記されていますが、かつては博物館の在り方や役割すら明確ではありませんでした
そのなかで本展は、前段となる博覧会が何のために開かれたのか?何を展示していたのか?どういう感動があったのか?と博覧会の背景に目を向けさせます。そして、これを愛知県美術館という現代の博物館で考えさせることで、今日こんにちの博物館がどのようにその役割を持つに至ったのか、そして今この展覧会は何のために開かれ、私は何に触れんとしているのか…と現在の博物館、そして私たちにまで意識が及ぶという展示の構成になっています。博物館好きとしてこの二重構造はかなり面白く感じました。

キャプションが読みやすすぎる

本展は、博物館をテーマにしているあって、かなりの資料が集められています。これは、博物館の前段階、「博覧会」を扱う本章も同様です。愛知県の産業の発展のため幾度も開催された産業博覧会の様子を味わわせんと、写真、絵葉書、図、文書など数々の資料が展示されています。
そしてこれは博物館あるあるだと思っているのですが…量が多いと疲れる! ただでさえたくさんの資料をじっくり見ると相当な集中力と時間と体力を使うのに、ここに1つ1つの資料に丁寧に解説なんてついていたら…もう大変です。途中から何を言ってるのかよく分からない。最初の方はよく覚えているのに最後の方はなんとなくで見ちゃった…なんてことは、私は正直ない方が珍しいくらいです。
そこで、見てください。このキャプションを。

「幻の愛知県美術館」キャプション

み、短い!!!!!!!!

資料の情報と一緒に右端に書かれている文章が解説です。全体の解説はありますが、各資料につけられているものは基本これだけ。多くて3行、短いと上図の右のように1行だけです。
こうやって端的に書いてくれると、それだけでかなりスッと情報が入ってきます。さらにチラッとこれを見てから資料を見るだけで、どこを見ればいいのか分かる。「へ~これが博覧会目録かあ、なんかいっぱい書いてあるなあ」と漫然と見ているところから、「ここに金鯱って書いてある」と目的を持って見れるようになります。
博物館では、現物を見て自分で考えることこそが重要と言われています。しかし、個人的には何の仕掛けもないのに大量の資料を1つ1つじっくり見て考えるなんて難しいと思っています。そのなかで、端的に資料の特徴を掴んで見れるようにしたこのキャプションはかなり魅力的でした。

第2章 幻の愛知県博物館

図は大きければ大きいほどいい

第2章は、展覧会タイトルと同じ「幻の愛知県博物館」。第1章は博物館の前段、「博覧会」について紹介されましたが、いよいよ博物館です。東京が博覧会開催のために博物館を設置したことにならい、愛知にも「博物館」が生まれました。ここでは、その活動と収蔵品が紹介されます。
それに伴い、博物館に関わる図や写真も多数展示されています。これは、博物館落成記念博覧会の案内のキャプションです。

愛知県博物館落成記念博覧会の案内図のキャプション

そしてこれは、その案内図。

愛知県博物館落成記念博覧会の案内図全貌

上にある拡大コピーがでかい!!!!!
これを見た時、今までの価値観が崩れていったのを感じました。拡大図って、どこまでも大きくしていいんだ………
このサイズ感は本当に良かったです。資料やガラスに顔を近づけすぎるのは良くないと思いつつ、近づけないとさっぱり読めない。しかも元のサイズは本来の用途を考えても当然じっくり見れる人は1人なので、他の人に遠慮して遠くからそっと覗いたり、その人が集中しているようならその資料は見るのを飛ばしたりなんてこともあります。
しかし、このサイズなら1m離れていても大体何が書いてあるか分かります。もちろん複数人で見ることもできる。今まで何で思いつかなかったんだろうというくらい見やすかったです。
現物を置くことに意味はあります。ただ、現物はそれがそこにあることで、出来事を実感できることが大切なわけです。情報を読み取る点に限れば、拡大コピーのような形でそれに特化させたものを別に用意するのは、ストレスを減らすかなり良い方法に思えました。
そして、すごいのがこの展覧会、ほとんど全ての図、写真の拡大されたものが用意されています

大体の図・写真はどこかに拡大したものが置いてある

実物のすぐ近くに拡大図が用意できないものは、近くの壁にまとめて拡大図が置いてあります。そばにはベンチも用意されていて、少し座って休憩しつつ図を見ることができます。

また、残念ながら写真がないのですが、本章では油絵だけを集めた展示室などもあり、美術館のなかに博物館を作りさらに美術館を作ったような面白さもありました。

第3章 ものづくり愛知の力

とにかく充実して再現された愛知県博物館

第3章は、「ものづくり愛知の力」。先述のように、現在愛知県には県立総合博物館というものが存在しません。これは、第2章にあったような愛知県博物館のような施設が戦後受け継がれなかったためです。しかし、もしも存続していたのなら…? ここでは、現代にもし愛知県博物館があったらという想定で分野問わず収蔵品が集められ、その再現が行われます
ただ、分野を問わない一方で愛知県博物館が産業発展に向けて開館されたことに合わせ、ものづくりという1つの軸で資料が整理されています。

第3章は大きく5つに分けて展示が行われています。愛知県にある東海地方最大の弥生集落朝日遺跡でのものづくり、江戸時代に寿司の普及の要因にもなったミツカンの酢づくり、のちにトヨタ自動車にも繋がる愛知のガラ紡織、1930年代に産総研が参考として紹介したドイツ陶器、そして、現代、ファンデーションの材料として注目を集める愛知県奥三河の白雲母の5つです。

こちらは棚に並べ展示された繭の標本

茶色の戸棚に並べられた繭の標本

繭そのものを見せる以上に、当時研究機関で繭がどのように取り扱われたのかを直感的に示しています。

こちらは色とりどりのドイツ陶器。見ているだけで楽しいデザインです。

ドイツ陶器 カラフルでデザインが凝っていて可愛い

そして、第3章で個人的に最も気に入ったものが、愛知県にある朝日遺跡の展示です。
朝日遺跡は、東海地方最大の弥生集落。すなわちヒトとモノの物流拠点であり、ものづくりの一大拠点でもありました。

朝日遺跡から出土した鍬(くわ) 上は大きい、下は小さい

これは、愛知県朝日遺跡から出土したくわの展示です。上は大きくて、下は小さいものが展示されています。この上の大きな鍬は、未製品と呼ばれるものです。遺跡からは、完成した製品のほか、未完成のものも出土します。これらを未製品と呼ぶのです。
未製品の何がいいのか? それは、未製品がそのモノの作り方を示していることです。上の鍬を例にすると、鍬は元々ぎりぎりのサイズから削られたのではなく、かなり大きなサイズから少しずつ削って、穴を開けて作っていたことが分かります。それに、個人的には未製品はそれが本当に作られていたことを実感できるものだと思います。未製品大好き。
この完成したものと未製品のように、2つの資料を見比べられるようにした展示を対照展示と呼びます。そして、本展の面白さは、解説でこの対照展示まで言及されているところ。展示意図を直接伝え、博物館展示としての面白さまで盛り込めるのは、これが単に遺跡資料館でなく博物館をテーマにした企画展の一展示ならではの見せ方に思えます。
展示そのものに加えて博物館展示としての見やすさ、面白さまでメタ的に伝える、充実した展示でした。

博物館展示はいいぞ

以上、愛知県美術館企画展「幻の愛知県美術館」のレポートになります。残念ながら会期は終わってしまったのですが、本記事を通して少しでもその充実した展示ぶりを味わっていただけたらと思います。本当に良い展覧会でした。
さて、本記事を書くきっかけとなった推しコンプレゼン2023 Advent Calendar 2023に話を戻します。実は、私が紹介したかったものは、博物館展示の見せる工夫の面白さになります。日本では、いつでもいたるところで展覧会が開かれ、また常設展示も行われています。そこで、テーマとなる内容そのものを楽しむのはもちろん、展示の見せ方、私たちへのアプローチの仕方などを、少し引いた目線から考えてみるのも、また博物館の面白さだと考えています。博物館での見せ方のことを頭の片隅に入れておいて、博物館に行ったとき少し思い出して楽しんでいただけたら幸いです。
最後になりますが、推しコンプレゼン2023 Advent Calendar 2023を開催してくださった主催者さまに改めてお礼申し上げます! 明日以降も楽しい記事がたくさん上げられていくと思うので、ぜひリンクよりアクセスしてください。


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