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【読書感想文】利休にたずねよ(山本兼一 著)

利休にたずねよ(山本兼一 著, PHP研究所)を読んだ。

面白かった。ものすごく面白かった。ここ数年間で読んだ小説の中で一番だったかも。感想を簡潔に述べると「茶道について理解を深めようと思って読み始めたら初恋を思い出して赤面するレベルの恋物語だったでござる」

物語の主役はタイトルの通り茶人・千利休。しかし利休は冒頭の段階で、ある茶器を守るために切腹してしまう。物語は「利休切腹の●日前」「●年前」と過去へ遡る形で移り変わっていき、巻末に至るころ、読者は利休が切腹に至った真の理由を知ることになる。そして悶絶する。

この本の素晴らしい点の一つは、舞台装置の解像度の高さだ。会社の休み時間だろうが寝る前のリラックスタイムだろうが、この本をひとたび開くと体がそっくりそのまま、まだ朝もやにつつまれている京の都に飛ばされる。冷たい井戸水が桶から滴っていて、朝露のついた松葉が静かに揺れ、だれかが砂利を踏みしめる音が遠くに聞こえる。読み終えた今でも目を閉じると景色がはっきり浮かんでくるほど、読者の脳内に美しい京都を刻む著者の表現力には驚かされる。

特に茶の湯の様子の描写は凄まじい。物語の中で、利休はさまざまな目的のために茶を点てる。その多くは戦にも政治にも疲れた秀吉を癒やすためのものであるが、遠方から訪ねてきた弟子を歓迎する目的で席を設けることもあるし、外交相手を籠絡するという政治的な計略のために行われることもある。利休はそれぞれの茶の湯の機会において常人では考えが及ばないほどの趣向を凝らし、すべての茶客たちの期待を上回るもてなしをする。このもてなしを演出するのが、庭の灯籠や木々、茶室の広さや内装などの設(しつら)えと、亭主の点前(茶の湯の作法のこと)、そしてこの物語の中核を成す茶道具である。この本の素晴らしいところは、とくにこれらの解像度がとんでもなく高い点だ。生花の花の種類、茶室への光の入り方、炉に使う炭の形状、香合や茶器の塗りの趣き。利休の席にはその全てに理由があり、著者は地の文において、まるで利休の茶道を専門とする学芸員のように振る舞う。文を追うだけでどんどん心が豊かになっていく、不思議な体験をすることができた。

この物語の本質とも思えるほど鮮明に描かれる舞台が「下支え」となって紡がれるのが登場人物たちの心情だ。利休の美しさに対する情熱。そして、利休という超人に対して向けられる秀吉ら数奇者たちの嫉妬である。利休が手を加えた庭や茶道具はすべて、誰も文句のつけようのないほど美しく見える。これらが人々に与えるのは感動と、そして残念ながら嫉妬なのである。しかし、利休を妬む誰もがその妬み根源、すなわち利休がもつ「美しさに対する尋常ならざる情熱」の理由を知らない。それは一体なんなのか?物語が進むにつれ、利休が隠し持つ魅惑的な茶器「緑釉の香合(りょくゆうのこうごう)」が関係していることが徐々に明らかになる。しかし、その本質である木槿(むくげ)の花に読者がたどり着くのは、物語がまさに終わろうとする頃である。

表紙に描かれている花こそが、まさしくその木槿の花だ。

不気味とも妖艶ともとれる得も言えぬ雰囲気を醸し出している。この表紙の写真を拡大してご覧いただき、「なにか」を感じ取ったならぜひ、この本を手にとってみるべきだ。

ただ「ちょっと不気味でヤだな…」と思った方にはあらためて、私のこの本に対する簡潔な感想をもう一度述べたい。「茶道について理解を深めようと思って読み始めたら初恋を思い出して赤面するレベルの恋物語だったでござる」である。

はぁ?と思われるかもしれない。でも、美しさってそういうことかもよ

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