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イギリスのNHSとは#3

前回はイギリスの医療制度で医師が就職するときのジレンマについてお伝えしました。今回はイギリスの医師の1日がどのようなものなのかお伝えします。

医学生から見た初期研修医の1日

病棟の朝は早く、7時半ぐらいにはじまります。8時ぐらいからチームでのラウンドがはじまるので、その前にチームの持ち患者さんの夜から朝の状態のチェックをして、ラウンドの時にプレゼンができる状態にしておきます。(ちなみに医学部生は、ワゴンからチームの持ち患者さんのカルテを出し、ラウンド中はカルテ運びをしながら、不意に飛んでくる質問にできるだけ答えるようにしながら学びます。)担当患者さんは30人ぐらい。Consultant, SpR(5〜10年目ぐらいの医師)2人, SHO(3、4年目の医師)2人, HO(1−2年目の医師)に医学生が2人ぐらいでラウンドをします。その日の患者さんの治療や検査の方針を確認します。ConsultantやSpRは9時半ぐらいからオペや外来が入っているので、まず難しい患者さんを中心にまわっていきます。30人まわり終わるのに昼前までかかってしまうことが多いですが、その間に簡単なオーダーは書きつつ進めていくと、そばから看護師さんがそれを拾ってくれます。HOは基本1日病棟で過ごすのですが、他科に依頼をかけたり、検査の結果を上に報告しに行ってまた新たに方針を決めたりしていると、あっという間に1日が過ぎてしまいます。暇な時間はほぼなく、お昼を食べないDrもたくさんいる印象です。医学生がずっと付きっきりなので、医学生の世話をしたり、ノウハウを伝えたりするのも大切な仕事です。午後の時間はSHOと一緒に救急外来の手伝いに行くこともあります。17時半になると、遅番のチームにさっさと申し送りをして解散します。夕方に自分のチームで集まることはせず、各自の仕事を終わらせてみんなさっさと帰っていきます。

日本で研修医をしている時は、「学ばせてもらっている」立場。特に近年はモラハラなどにも繊細になってきているので、「研修医はお客様」的な対応になりつつある部分もあると思います。研修医が望んでいない当直をさせるわけにはいけません。(当直が時間外労働になるからです。)勉強しながら待機している時間もそれなりにあった印象です。

イギリスは研修医も立派な労働者。HOの当直ポジションもしっかり振り分けられます。症例のファーストタッチはまずは自分で考えてどうするか決めてみてというスタンス。必ず上のチェックが入るので大きな決断を自分でしなくてはいけないという状態にはならず、日本のような先輩後輩というような関係性というよりは、大切なチームメイトという感覚です。(もちろん時々怖いConsultantはいらっしゃいますが、特殊です)チームという守られた環境の中で少しずつ臨床スキルを伸ばしていきます。(医学部を卒業した時点で自分では何もできないことが嫌なほどわかっているのと、周りとの連携とチームワークがとても大切なことを繰り返し教え込まれていることもあるかもしれません。)

日本の場合は、どの病院で初期研修を行うかで後期研修をはじめる時の臨床能力の差が出てしまう印象ですが、イギリスでは病院間の差はあまりないように感じます。なので、イギリスにおいてはどんな初期研修を受けたいか、というより「どこに住んでどんな生活をしたいのか」というところで勤務先を選択する印象です。給与の多少良い、でも家賃も高いロンドンでナイトライフを楽しみながら初期研修をするのか、もしくはのどかな郊外の都市で少なめの給与で、でも物価も優しい場所で週末はサイクリングをしてゆっくり過ごすのか、そこの価値観は人それぞれです。でもオンオフをしっかりつけながら仕事をしている印象です。

イギリスでよく言われることとしては、「能力のある医者はアメリカに行き、もう少し良いゆったりしたい人はオーストラリアに行く」ということです。イギリス内では能力があってもそれを評価する方法があまりなく、どこで働いていてもお給料や勤務条件はある程度横並びです。そこに不満を感じる人はアメリカに行きます。(もちろんUSMLEの試験は受けなくてはいけませんが)同じくもう少し緩い条件で勤務をしたい人にとっては、そこの選択肢もないので試験を受ける必要のないオーストラリアに移住する人もいます。(オーストラリアが決して楽なわけではなく、そういう選択もできるということです。ただ、近年オーストラリアで働いていた英国籍の友人は、就職においてオーストラリア籍と比較して不利であると感じると話していました。)

そんな私は日本で初期研修をしたわけですが、イギリスと比較する形で思ったことを箇条書きにすると以下のようになります。

  • 任されている責任量が少なかった。自分がいなくても十分病院としてはまわるのを感じた。

  • 強制されたことはないが、みんななんとなく夜19時過ぎまでは医局にいた。土日もだいたい病棟に顔を出していた。サービス残業、サービス出勤であるが、イギリスではあり得ない。(というか、注意を受けてしまいます)

  • しっかり休めたのは夏季休暇の1週間のみ。GWや年末年始は日直や当直が入っていて、入っていない日も出勤していた。有給は余っている状態。使用する雰囲気ではなかった。

  • 教えてもらう&教える体制があまりととのっていなかった。もちろん論文の抄読会や症例検討会はあったし、臨床の中で色々教えててもらったことは多かった。しかし、イギリスでは医学生のためのOSCE練習の時間があったり、手技の練習を見守りの中で行う時間があったりした。また、SpRやSHOが定期的にトピックセミナーを行なっていた。イギリスでは教えることで、次の就職時のアプリケーションのポイント稼ぎにもなる体制がととのっていたので、色んな人が良く教えてくれた。

  • やる気があれば、なんでもやらせてもらえた。外来の陪席も良く行い、色々な先生の外来のスキルを盗ませていただいた。自分がいなくても業務がまわることも多かったので、自分の興味のある外来に入り浸ることができた。

箇条書きにすると、私が日本の初期研修に対してネガティブな印象を持っているように感じるかもしれませんが、後期研修を始める時点までに必要な臨床能力や度胸、そして危険察知能力はつけさせてもらいました。有意義な2年だったと思います。イギリスで2年間でここまで到達できていたかどうか。この到達度は日本の研修方法では個人のモチベーションによってかなり変わってくると感じています。イギリスのようにこの2年間をもう少し標準化する必要はあると思いますし、同時に当直や休日の体制も整備する必要があるでしょう。無理をしすぎなくても、後期研修をはじめるのに十分な臨床能力を身につけ、そしてその後のトレーニングもモチベーションを保ったままはじめられるのが理想なのではと思いますが、それが難しいのですよね。

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