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そして伝説へ 〜グレート・ギャツビー 22年月組〜

22年夏、大劇場では数回の中止期間があったものの、東宝では連日での超満員による公演。演者、音楽、演出が絶妙に絡み合って歴代でも類を見ないエンターテイメントを展開。

謎に包まれた若き資産家、ギャツビー月城かなと

煮え切らない無邪気娘、デイジー海乃美月

したたかなデンジャラスボーイ、トム鳳月杏

黒子役に徹した偽主役、キャラウェイ風間柚乃

フィッツジェラルド描像の具現体、'22月組ギャツビーはあらゆる称賛とおびただしいほどの喝采を獲得した。この公演が真の意味で伝説としての評価や認知を受けるのは、少なくとも10年後以降の話になるのだろうが、今ここで歴史的エンターテイメントを振り返る。

誰も見たことのない男の登場

ロングアイランドの邸宅に引っ越してきたこの物語の偽主役、キャラウェイが隣の邸宅で豪華パーティーが開催されていることに目を奪われてるところから話は始まる。

豪華パーティーの開催場所は謎の資産家であるギャツビーの大邸宅。ニューヨーク中のセレブたちが集まり、熱狂的に歌い、踊る。そしてそれが頻繁に行われてるという。しかし参加者の誰もその主催者、ギャツビーの顔を知らない。

1920年代のジャズミュージックの調に乗せられて、禁酒法の下、警視総監まで買収したギャツビーがとうとう姿を現す。トップスター月城かなとの初登場シーンである。劇場の観衆からは盛大な拍手。しかしその大きさは真風涼帆、礼真琴のそれと比較してそこまで大きなものではなかった。

月組トップスターの行く末
19世紀、物理学は完成したと言われた。ニュートンとマクスウェルが作り出した古典力学と古典電磁気学で物理現象は説明できるはずだった。しかし、これはパラメータのスケールが変わると簡単に崩壊した。光のスケールで運動する質点は相対論補正を必要とし、質点の大きさがミクロスケールになると量子力学の設計を要求した。

トップスターとして光の領域までパラメータを高め、古典力学での説明ではもはや期待値としてしか予想できないほどのエネルギーを保持した真風涼帆と礼真琴はそれぞれ、自身の質点の大きさで宙組と星組を牽引した。

光の領域を有す物理単位が(今のところ)存在しない月組は古典力学で予知することが可能な個々の質量の総和を最大化させることで'22ギャツビーを伝説へと昇華した。コロナ禍の最中でトップスターとなった月城かなとには多くの時間が必要なのだろう。彼女が光のスケールを持つトップスターになるのか否か。答えは遠くない未来が教えてくれるはずだろう。今は誰も知らない。

運命的な出会い

ギャツビーには密かに愛し続けている女性がいた。対岸のイースト・エッグに住むデイジーという名の女性だ。そして彼女はキャラウェイの親戚であることが判明した。親戚のデイジーの元を訪ねるキャラウェイ。デイジーは名門貴族出身のトムと結婚しており、イースト・エッグの豪邸で裕福な日常を送っていた。しかし愛人がいたトムとの生活は決して幸福なものではなかった。キャラウェイはデイジーにギャツビーの話を打ち明ける。「僕の新居の隣にギャツビーという男が住んでいるんだ」。突如、動揺し始めるデイジー。

アンバランスな女性、デイジー
話は遡ること5年前。世界大戦に参加するアメリカ兵士たちのための祝賀会がルイビルで開かれる。その街で一番の美女として名の通っていたデイジーは良家出身でありながらそれに似つかわしくない無邪気な振る舞いを見せる。

2013年にバズ・ラーマン監督の元、公開された実写映画「華麗なるギャツビー」では念入りに準備されたジャズミュージックとディカプリオギャツビーを全面に押し出す演出で世界中の映画ファンを虜にした。その一方で、「他の主要キャラたちの存在をなおざりにした」と苦々しく批評した人たちもいた。音楽映画のスペシャリストにこの仕事を託したわけなのでそのやり方に対する批判は謂れのないものではあるのだが、その中でもとりわけ軽視がやや顕著だったデイジーに関しては、キャリー・マリガンの無駄遣いとまで揶揄された。

'22月組ギャツビーはデイジーに確かなスポットライトを当てた。良家出身で絶大な美貌の裏にある精神的な幼さと危うさ。'13実写ギャツビーでは見られなかったバランスの悪い良女という設定を海乃美月に託した。

引き裂かれる誓いの糸
ともあれ、そのパーティーでデイジーはギャツビーと運命的に出会う。二人はすぐに恋に落ち、やがて森の中で愛を語り合うようになる。生まれた瞬間から何もかも手に入れることができたデイジーは、恵まれない境遇から成り上がるのだと青雲の志に燃え、「夢は叶えるものなんだ」と決意を強くするギャツビーに惹かれる。そして二人は将来の約束を誓う。

しかし時代背景が二人の誓いを許さなかった。ギャツビーの欧州戦線への徴兵が決定的となり、愛を語り合う時間を取り上げられる。そしてギャツビーの経歴偽装を突き止めたデイジーの母が手紙への返信さえも許さないほどの構えでギャツビーを脅し、二人の関係を切り裂く。自身の愛を完全否定されたデイジーは「バカな女の子として生きるわ」と悲しく歌うのだった。

時を超えて交わった平行線

切り裂かれたまま辿り続けた二人の平行線はキャラウェイの引っ越しを端緒に状況が緩やかに動こうとしていた。デイジーと再会する、その目的ただ一つのために自宅で頻繁にパーティーを開催してきたギャツビーの熱い叫びに、キャラウェイはギャツビーとデイジーの再会における接点となることを決める。

過ぎた時間は戻らない
仕組まれた'偶然'による再会で、デイジーはギャツビー邸に足を踏み入れる。
豪華な部屋に高級な備品、デイジーと再会するために必死で財を成したとギャツビーに明かされ、離れ離れになって以降、トムとの結婚の取り返しのつかなさを嘆くデイジー。

「過ぎた時間は取り戻せなくてもやり直すことはできる」。安息の地ウェスト・エッグで成功した自分の姿を見せたギャツビーはデイビーとのかつての愛が変わらぬままであったことを確信する。そして見据えるは対岸のイースト・エッグ。空白の5年間によってギャツビーはデイジーの現夫、トムという課題を背負うのであった。

宣戦布告と清算
自邸のパーティーで次の再会を約束したギャツビー。約束通り参加してきたデイジーと情熱に興じて踊る。これまでの空いた時間を埋めていくかのように踊り狂う二人を撫然と見つめるトム。やがて不快感を隠そうともせずにトムはギャツビーに勝負を挑むこととなった。
※勝負の場をゴルフコンペにした演出に対してはいろいろな意見があってもいいと思う

そのかたわらでギャツビーはあることに決着をつけた。裏社会の暗躍に区切りをつけたのだ。デイジーとともに生きるため、手っ取り早く財を成すために違法行為に手を染め続けてきたギャツビーは、一気に増えた財産を眺めても心が満たされることはなかったのではないか。勇敢で、度胸があり、そして一途なギャツビーが常に待ち望んでいたのは、ルイビルの森でデイジーと愛を語り合ってた時代へのノスタルジアだった。

決戦の時

ギャツビーに勝負を挑んだトムは以前パーティーで知り合ったコーラスガールの元へ行く。貧困地区にあるガソリンスタンド亭主(ジョージ)の妻(マートル)にも幾度となく手を出しておいて、自分の妻が他の男と楽しそうにしていることに文句を言うのだからいつの時代も愚かな貴族はいたものである。

学生アメフト選手として名を馳せ、屈強な肉体と金に物をいわせ如何なる手段をも講じデイジーとの婚約を勝ち取る。横柄で乱暴で敵役としてこれ以上おいしい人物は存在しない人間を鳳月杏が演じた。これから国家として覇権主義を掲げていくことになるアメリカの傲慢で嫌らしい部分の象徴のような男に確かになりきった。

当人たち以外の世界で
ギャツビーvsトムの決戦に向けて、キャラウェイはゴルフの練習に明け暮れる。それに付き合うデイビーの親友・ジョーダン。恋路はここでも静かに、そして新しく萌芽を始める。

一方、トムの愛人・マートルはとうとうジョージに自身の浮気がバレる。カリフォルニアで生活をイチからやり直したいというジョージの申し出を拒むマートルは部屋に閉じ込められてしまう。そんな中、決戦の舞台へ向かうギャツビーとトムがガソリンスタンドで鉢合わせる。マートルの助けを求める叫びが響き渡るも、無情にも両者は互いの車を交換して発進。マートルは取り残されたままだった。

非情な結末

勝負はギャツビーが勝利した。しかしトムはここでギャツビーの素性を明かす。ギャツビーの金の遣い方に貴族出身の自分とは違い匂いを嗅ぎ取っていたトムは密かにギャツビーの過去を調査させていた。

燃える復讐心
マートルが亡くなった。猛スピードで駆け抜けていく黄色の高級車の前にマートルが飛び出してそのまま轢かれた、という目撃情報が錯綜した。悲劇の寡男・ジョージは黄色の車でゴルフ場へ向かったトムを糾弾する、しかし自分の車の色は青だとして、自身の関与を否定する。しかしその言い方は何か思わせぶりなところがあり、ジョージの復讐心を更に激らせる。

あの日のガソリンスタンド。互いの車を交換した瞬間に黄色の車に乗ったのはトムだった。その勘違いから生まれた悲劇は更なる事実が明かされる。運転者はデイジーだった。突然のマートルに飛び出しにパニックになったデイジーはそのまま撥ねてしまった。彼女の身代わりになることを決めたギャツビー。そしてとうとう黄色の車の持ち主の正体をつかんだジョージはギャツビー邸へ。

誰も来ない埋葬
ギャツビーは撃たれた。そして撃ったジョージは自殺した。ギャツビー邸の透き通った水で満たされたプールがすぐに赤色に染まった。

ギャツビーの埋葬に立ち会ったキャラウェイ。死人に口なし、とばかりに殺人者としてメディアに叩かれたギャツビー埋葬にはキャラウェイ以外の参列者は訪れなかった。もちろんデイジーも。しかしひょんなことからギャツビーの父・ギャッツが参列してきた。

自分が命をかけてまで愛したデイジーの姿はそこになく、自分の貧困人生の始まりの元凶だった父に見守られたギャツビーは空の上からどのような心境でこの光景を見つめたのだろうか。その答えは最後に現れた幻影が少しだけ教えてくれた。



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