みんな名医を探している。

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「幡野さんってどこの病院に通ってるの?」

『○○大学附属病院です。』

「なんでそんなところに通ってるの?そんなところじゃなくて、わたしがもっといい病院を紹介してあげる。」名刺をピッ!!

写真展をしているときに頭の中が生理食塩水しか入っていないんじゃないかという女性とこんなやりとりをしたことがある。彼女はがん患者を支援する団体の代表だ。やりとりしたのは、ぼくではなく写真展に遊びにきていた妻だった。

ぼくと主治医の信頼関係を無視したとても失礼な行為で、妻にたいしては不安感を煽ることでもある。ぼくが死んだときに妻が「あぁ、あのとき病院を紹介してもらえば…」と後悔をするかもしれない。とってもおおきなお世話なのだ。

ぼくは彼女からあるイベントの登壇をずっとお願いされていた。半年後のイベントなのに仮病をつかって断っていたので、もしかしたらムカついていたのかもしれない。名刺をピッ!!に感謝して、写真展会場の床に頭をこすりつけるとおもったのかもしれない。いまとなっては関係を絶っているので真意は不明だ。

人に藁をつかませるのは簡単だ、不安を煽ったあとに優しく答えを提示してあげればいい。不安と安心にギャップがあるほど効果的に藁をつかませることができる。トイレットペーパーやイソジンを定価よりも高く買わせることができるし、何百万円というお金をインチキ医療に支払わせることだってできる。

患者も家族も、みんな名医を探している。ブラックジャックのような天才的なお医者さんを探している。ぼくは手塚治虫のブラックジャックが大好きだ。中学生からおじさんになったいままで、何度も読み返した漫画の一つだとおもう。でも病気になってから読んでみると、ブラックジャックが名医ではないことに気づく。

ブラックジャックは技術と知識がとてつもなく高いが、患者とのコミュニケーション能力はあまり良くない。というか低い。これは時代のせいなのだとおもうけど、病気だけを見て患者を見ない医師の典型となっている。(もちろん漫画としてはいまでも好きだ)

おおきな病気になると近所の病院にいき、初対面の医師とはじめましてをして治療がスタートする。医師の技術も知識も経験もまちまちだ。細かいことをいえば地域差や看護師のストレス具合だって治療に反映する。

どんな医師にあたるかどうか運もあるかもしれないけど、ぼくは運よりも相性が大切だとおもう。ぼくにとって名医でも、ほかの誰かにとって名医とは限らない。頭の中が生理食塩水の彼女が知っている名医だって、ぼくにとって名医とは限らない。

ぼくの主治医はぼくにとって名医だ。なにかおもしろい話をしようとしたときに、途中で自分が先に笑ってしまうタイプの医師なので、そのへんのコミュニケーション技術には目をつぶって差し上げているけど、相性はとてもいい。

もちろん最初からそうだったわけじゃない。はじめましてから、信頼を積み重ねていき、冗談をいい合えるぐらいの関係になったにすぎない。

もしかしたら名医というのは、医師の優秀さをあらわす言葉ではなくて、医師と患者の関係性をあらわした言葉なのかもしれない。

誰かと知り合って知人という関係性だったのが、仲良くなって友人や親友になったり、恋人や夫婦という変化する関係性をあらわす言葉と近いのかもしれない。相手がいてはじめて成り立つ言葉だ。

みんな名医を探している。
もしかしたら、はじめましての医師が名医になるのかもしれない。

幡野広志

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