感情がみえたとき、好きになる


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あまりやらないFacebookをひらくと『友達かも』にけいゆう先生がでてくる。けいゆう先生は外科医だ、細身のスーツが似合うイケメンだ。おまけにTwitterではクレバーなツイートをしてよくバズってる。そのうえとっても謙虚だ。なんなんだほんと。

けいゆう先生が写真業界の人じゃなくてよかった。きっとけいゆう先生とおなじ土俵にたつ医師は少なからず対抗心を抱いてるんじゃないだろうか。

けいゆう先生のFacebookのプロフ写真は、まだちいさいくてヨチヨチ歩きをする 子どもの前にしゃがんで、笑顔で両手を広げている写真だ。

画像の荒いからすこし古いデジタルの写真で、さらにそれをトリミングしているのだろう。奥さんが撮ったのだろうか、写真から物語が想像できて、とてもいい写真 だ。

YouTubeで公開されているSNS医療のカタチで小児科医のほむほむ先生が子どものアトピーについての講演は、ちいさい子どもがいるぼくにはとても勉強になった。

どれくらいの保湿剤を塗ればいいのか、いつも適量という言葉に悶々としていたので、なにが適量なのか具体的に知ることができて、息子に保湿剤を塗るときにとても役にたっている。

ほむほむ先生は冷静沈着だ。勉強家(医師なんだから当然なんだろうけど)というイメージだ。小児科医というイメージから優しそうな印象だ。んで、これまたすんごい謙虚なんですよ。

ちなみに写真業界は有名になればなるほど、偉ぶってしまい謙虚さが消えていく人がおおい印象がある。

そんなほむほむ先生が、すこしだけ語気を強めて『子どもは大人じゃないんです』といっていたのが印象的だった。

あれはたぶん、やるせなさと怒りなんだろう。きっと想像や常識をはるかにこえたものを見てきているのだろう。感情を抑えながらも、子どもを救いたいという一心があらわれていた。

大塚先生は不思議な人だ。めちゃくちゃ頭がいい人なんだけど、こちらがヒヤヒヤするギャグをかます。まるで親戚の発表会をみている気分だ。デジタルタトゥーという言葉をおしえて差し上げたい。

でもあれはきっと、医者って世間の人がおもうほど完璧な人間じゃないし、患者さんとおなじ普通の人間なんですよということを、ヒヤヒヤするギャグに込めている ように感じる。あのヒヤヒヤするギャグはメッセージ性の高い現代アートだ。

患者と医師のコミュニケーションエラーによって、患者さんが苦しむ結果になることは医療現場ではよくあることなんだろう。医師のことを悪くいう患者さんは少なくない。

医療現場にあるコミュニケーションエラーをすこしでも減らしていきたいのだとおもう。後進を育成する立場にある大塚先生が、格好つけることは簡単だ。ヒヤヒヤするギャグをすることで、10年後や20年後の医療を変えようとしているのだろう。もしくは単純にギャグを披露したいのだろう。

ヤンデル先生とは北海道の帯広ではじめてお会いした。そのときぼくは過去に写真展で展示した作品を一点もっていった。

じつはnoteを更新すると、いつもヤンデル先生からサポートをいただいてしまっていたので、なにかお礼でもと考え、額装した写真を恥をしのんで渡してしまった。

ヤンデル先生が作品をほしがったわけでも、また写真を選んだわけでもなく、こちらが勝手におくりつけているので勘違いナルシストな写真家っぽいんだけど、受け取ったヤンデル先生は『このあと泣いてしまうとおもいます』といってくれた。

医師というのは、あまり感情を出さない人たちのようにぼくは感じていた。患者さんが亡くなっても泣かない人たちだとおもっていた。むしろ泣いてはいけない、悲しむなら裏でこっそりやれと教えられている印象すらあるので、ヤンデル先生のこの言葉はとても印象的だった。

医師はエビデンスがベースにした人たちだ。エビデンスとは客観的な根拠のことだ。それに対して患者はナラティブの人になりがちだ。ナラティブとは主観的な物語のことだ。

ぼくなんて、まさに典型的なナラティブの人間だ。患者になった経験を、主観的な物語でかたっている。たった1人のナラティブをおおくの人に知らせてしまっているので、すこし危険な存在だと自覚している。一応すこしは気をつけているつもりだ。

患者は感情を理解してほしいが、医師は医学的な根拠がベースだ。ここにコミュニ ケーションエラーがある。お互いみえている世界が違うということを、お互い理解したほうがいい。その上でお互い歩み寄ったほうがいい。

YouTubeにデジタルタトゥーされているSNSやさしい医療のかたちはエビデンスをもとに、わかりすくした市民講座だ。ぼくみたいなバカでもわかりやすく理解できて情報の収穫がおおい。

ナラティブ人間なぼくが、みんなに注目してほしい見どころは、医師たちの抑えきれていないナラティブな部分だ。主観的な物語というより、感情といったほうが正しい。感情がチラチラと言葉のトーンや表情から読み取れる。

ぼくはいつも医者ってほんとに普通の人なのだと着地する。診察室でも、医師がコメンテーターとしてTVに出演していても、なかなか見ることも感じることもできない 医師の部分がとても可視化されている。医療ドラマでは描けない、リアリティがある。ドキュメンタリーではカットされる人間味がある。

つまり、本当にふつうの人たちなのだ。笑ったり怒ったり、恋愛したり失恋したり、本を読んだり映画をみたり、患者さんが亡くなれば悲しんだり悔しかったり、患者さんの病状がよくなれば嬉しいのだ。

8/23にSNSやさしい医療のカタチがオンラインで公開される。ぼくも出演をする。

https://sns-medical-expo.com
https://www.youtube.com/watch?v=MgElxDhfcKQ

医師の主宰する医療のイベントと聞くだけで、ちょっと敷居の高さを感じるかもしれない。医療イベントとは医療従事者や患者さんやご家族など、医療に関心の高い 人たちがあつまりがちだ。

エビもデンスも、ナラもティブも情報として届けたいのは、医療に関心の低い人たちだったりする。いまは健康でも、病気になったときにおもいだしてほしいからだ。 そして関心の低さから、間違った情報に捕まってしまうこともあるからだ。

だから8/23はぜひ見てほしい。医療に関心が高い人も、そうじゃない人も。見終わったあとに、医師にたいするイメージがすこし変わるとおもう。

幡野広志

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