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【Event】フルトラシンクロナイズドスイミング 2024VRC世界大会 シンクロの意味を問い直す混沌さ

 2024年5月16日、VR対応SNSプラットフォームであるVRChatにて「フルトラシンクロナイズドスイミング 2024VRC世界大会」というイベントが開催された。
本記事ではその内容に迫るとともに、VRコンテンツが持ち得る可能性を追いかけていく。


説明を行うタナベ氏

フルトラシンクロナイズドスイミングとは

 さて、ここで話題になっているシンクロナイズドスイミングについてだが、シンクロナイズドスイミングという名称は実は現在使われていないのである。
水泳競技における国際競技連盟である世界水泳連盟は2017年7月22日、シンクロナイズドスイミングを「アーティスティックスイミング(Artistic Swimming)」と名称変更を行う事を通達。
現在では後者の名称で水泳種目として存在しているため、今後のオリンピックにおいては一定の世代になるとシンクロナイズドスイミングという名称を知らないという事も起き得るのかもしれない。
当記事では本イベントの趣旨に則り、以降も「シンクロナイズドスイミング」として記載を行う。

 さてこの競技、現実ではルーティン(採点競技)として女子ソロ(1人)、男子ソロ(1人)、女子デュエット(2人)、ミックスデュエット(男女2人)、チーム(4〜8人、うち男子2人まで)、フリーコンビネーション(ユース年代以下のみ実施、4〜10人)、アクロバティックルーティン(4〜8人、うち男子2人まで)という種目が設けられている。
今回のイベントで実施されるのは演者が一人だけで泳ぐソロ(一人)となっている。
とはいえここはバーチャルな空間である。アバターが泳いでいるように見せるには、以下の様な工夫が必要となるのだ。

 アバターの高さを自身で調整できるツール(OVR Advanced Settingsなど)を入れられるユーザーはこれを投入すれば済むのだが、環境によってはそもそもそれが行えないというユーザーも出てくる。
そのためもう一人のユーザーがマジックハンドの様な補助器具を使い演者を掴み上げ、ゆっくりと上下に揺らす事で潜水・浮上しているように見せるアイテムが会場には設けられている。
持ち上げる側もある程度の調整を必要とする事から、擬似的なデュエット(二人)と言っても良いだろう。

青い球体の部分がホールド位置となっている。

 今回開催されるワールドは過去の水泳大会イベントで用いられたワールドであり、中央上空に演者を映し出すモニターや追従するカメラの操作盤、今回のイベントに合わせて音楽を鳴らす為のスイッチ等が設営されている。
総勢12名の参加者がそれぞれの楽曲を用意し繰り広げられる、恐らくは世界初であろう「バーチャル空間における芸術性のある水泳競技」の行方を追いかけてみよう。

正統派と技巧派と混沌が入り乱れるしゃぶしゃぶ

 最初の演者はくーぴー氏からスタート。
参加者の協力を受けながら競技を行うスタイルとなり、それでいてフルトラッキングのスペックを最大限発揮する様な泳ぎ方を披露。
演者となる人間は、いくらフルトラッキングとはいえ「立つ」「横たわる」といった動作が中心となる。
そのため通常の水中に比べ演技の幅は大きく狭まるはずなのだが、それを感じさせない動きに会場内は驚きの声に包まれた。
まるで本物のシンクロナイズドスイミング競技を見ているかの様な正統派の演目に、参加者からは「もうちょっとネタに振り切れるイベントだと思っていた」「これだけ真面目なイベントというのは予想外」という、これまでのタナベ氏のイベントに対するスタンスとくーぴー氏の演目の完成度を評価する声が飛び交ったのは半ば予定調和の様な物である。


 二番手は華月氏の登場である。
ここで早速技術面での見せ場が到来。両手付近からパーティクル(粒子の様なエフェクト)を出しつつ泳ぐ様子は新体操然とした光景であり、これは既存の水泳競技には行えないものであった。
華月氏の演目はソロであったはずが、途中から華月氏がもう一人増える分身の様なギミックを披露。両者一糸乱れぬ動きで泳ぐ様子に会場もヒートアップ。
ソロでありながら疑似的なデュエットを一人で行う技術力とそれを可能とするフィールドというのは、流石のVRChatと言えるだろう。

 三番手はしえら氏がエントリー。
演目の中でもっとも評価が高かったのは倒立からの開脚という、こちらもまたシンクロ競技での華となる動きである。
先述した通りリアル面での身体的制約を、ギミックや実際の動きで打破しようとするエポックメイキングな点は本イベントの見どころの一つである。
いかに自然にシンクロらしく見せるかという点で、しえら氏もまた素晴らしい動きを見せつけていた。
またもやこのイベントが真面目なものであるという評価が下る事になる演目であった。

 四番手のちょろめ氏は水着ではなくmidori氏デザインのアバター「ティグリなす」そのままの姿で参加。
どうなる物かと興味津々の参加者に対し、演目開始後から身体の大きさを巨大化させる事で「茄子の水煮」と言わせるネタ性を見せつける。
水上をアイススケートの様に滑走したり、上空高くにジャンプしたりとその挙動はやりたい放題。
極めつけはアバターの手足が比較的短い事で、開脚演技に対し「あんよが短すぎる」と黄色い声援が飛ぶ程のコミカルさとキュートさをアピール。
見事アバターからイメージされる破天荒なキャラクター像を存分に演じきったと言っていいだろう。

 五番手の桜実狐ン氏も正統派の演目で出場。
尻尾が目立つアバターによる演目であり、身体との対比も相まって可愛さが前面に押し出された内容となっており、小さな体躯ながらも倒立などの困難なポーズを取り入れアクロバティックな演技を行った。
耳や尻尾といったパーツが付随するアバターの演技として、それが実際に目立つ動きをしているか否かというのは今後のフルトラシンクロナイズドスイミングにおいて評価の分かれ目として成立しそうな要素である。

 六番手のルート氏は一見正統派なブリーフスタイルの水着で参加。
倒立等の演技を決め、これは正統派であると見た観衆は次の瞬間度肝を抜かれる事になる。
なんとルート氏は演技中にそのアバターを変え、美しい白鳥となって演技を継続したのである。
アバターの姿のあまりのフリーダムさに観衆からは激励の声があがり、ルート氏本人は演技後に「なにか変わった要素はありましたか?」とまるで演技中に何もなかったかの様なコメントを寄せた。
これには観衆も「今のは幻覚だったのではないのか」「タナベさんのイベントだからこういう事もある」という狐につままれた様な反応を返すしかなく、その真相は闇の中である。

 七番手のそむにうむ氏は、機材トラブルのため腰から下の部位のトラッカーが動かず、フルトラッキングから3点トラッキングへと動きが制限される事態となってしまっていた。
そこでもう一人参加者が補助役としてそむにうむ氏をマジックハンドの様なギミックでホールド、一番手のくーぴー氏の様な疑似デュエットという形で演技を行ったのだが、ここでも観衆は笑いの渦に包まれる事になる。
先述したギミックは、マジックハンドを持っている側が演者を持ち上げるものである。
だがこのギミックはもう一つ、持ち手が伸縮するという仕掛けを備えており、持ち手が伸びれば伸びるほど先端に居る演者は速い速度かつ広い範囲を振り回される事になる。
そしてマジックハンドのギミックが伸び切った状態で演目をスタートすれば、後に待つのは超高速で演者がしゃぶしゃぶの肉の様にプールに叩きつけられ空中を飛び交う不可解な光景であった。
カメラすら追いつかない程に高速で振り回されるそむにうむ氏の様子に会場内からは「活きが良すぎるしゃぶしゃぶ」「やっぱり真面目なイベントじゃない」などと阿鼻叫喚の声があがっており、改めてギミックを活用した新しい演目の奥深さを知らしめたのであった。

右下水面に浮かぶそむにうむ氏
0.2秒ほど後の様子。高速で振り回されているのが分かるだろう。

 八番手にはmayusaki3氏がエントリー。
こちらは開幕からなんと丸太を手元に所持して演技をスタート。
これもまた現実世界では到底不可能である、棒状の浮体を活かしての演目という事もあり観衆からの注目を集める事となった。
演技自体はとてもスムーズなものであったが持っている物が持っている物だけに、シンクロナイズドスイミングというよりかは川で溺れて丸太に掴まっている人や漂流している人といった評価もあがっており、こういった手持ちのアイテムによる意外性を狙っての演技というのも今後の判定基準として設定される可能性はあるかもしれない状況である。

 九番手にはアキ氏が参加。
アバターの両手に可愛らしい犬や猫のパペットを着けての参加となったが、これもまた意外性のある泳ぎを見せる事となる。
なんと両手のパペットを上下させる事で、そちらを演者としたデュエットの演目として演技を行ったのである。
両手を利用した動きだからこそ制御がしやすく、思った通りの演技をさせる難易度も下がる。
このやり方には会場から感嘆の声が溢れており、文字通り「その手があったか」と参加者たちは感心しきりの様子であった。
最後は三体目のパペットとなる白い熊の様なパペットがでた所で演技が終了となり、最終的には規定の演目にはない「疑似トリオの演技」で締めたのはこのイベントならではと言えるだろう。

 十番手には橘風みかん氏が登場。
同氏はみかんを周囲に放出するパーティクルエフェクトで周囲にアピール。
それだけではなく独特の泳法で演技を行っている事も大きな特徴である。
本人曰く、手と足のトラッカーを入れ替える事で身体を反る様にして挙動を変える事ができるとの事であり、これもまた現実世界では難しい体勢での演技を可能としている。
具体的には文字通り常時イナバウアーを更に深くした様な角度の体制で動く事が可能となり、その結果観衆から「みかん色のエビ」と評される様な挙動となっている。
そのため演技後陸に上がったときの挙動は異形のそれと変わらない状態であり、恐れ慄く声が四方から聞こえる程であった。

 十一番手はゆったん氏がエントリー。
爆食系VTuberおむらいす食堂氏とのコラボレーションでタナベ氏が作り上げたアバター「おむそば子」を引っ提げての演技である。
こちらも開脚演技など正統派になるかと思いきや、なんと途中から銛を持ち出しマグロを仕留めるというプールを漁場に見立てた演技を展開。
更には中空にマグロを打ち上げ、追いかけるようにジャンプした後に次元を切り裂くかのようにマグロを解体。
最後にはクリエイターであるイカめし氏のアバターまで水の中から素潜りで捕獲するという大漁ぶりである。
このシンクロナイズドスイミングという概念を壊す演技に観衆からは驚きと笑いが湧き上がっており、これもまたバーチャル空間独自の演出の可能性を見せる事となった。

 最後の演技を務めるのは、名簿一覧の設置ミスで床に食い込み名前が見えないお芋さん氏(便宜上こう表記)である。
足に砲台がついたなんとも奇妙なスイマーのアバターであるが、その秘密は演技開始後の潜水時に明らかになった。
腰部から木造の戦艦が生えてきたのである。
アバターの向きを上下逆に調整し、ルームサイクルでゆっくりと歩行する様な移動速度に調整をした上で移動する事で、この戦艦はまるで水の上を航海するかの様にゆったりと動く状態となるのだ。
アバター本体に付属物を仕込む参加者の中で、仕込まれたもののサイズはかなりのものである。
加えて先程の砲台はちょうど戦艦の船首にあたる部分に来るよう調整されており、そこから砲撃を行うギミックも搭載。
水上を動くという意味ではシンクロナイズドスイミングの要素が見えるものの、冷静に考えてみればなぜ逆立ちした人間から戦艦が生えて航行しているのかという混沌とした演目に観衆からは拍手とそのアイディアを称える声が飛んでいた。

 全ての参加者が演技を終え、その後主催のタナベ氏が判定を行おうとしたものの「そもそもシンクロナイズドスイミングの基準が分からないため、今回の演技についてはノーカウント」という衝撃の幕切れを迎える事となった。
そのお詫びという事でイベント等の告知の時間が設けられたため、告知のあるユーザーの溜飲が下がる効果はあったのかもしれない。
その後各参加者が続々と泳ぎ始め芋洗い状態の様相を楽しみ、記念撮影を行って解散となった。

バーチャル空間での演技の可能性

 ここまで読んでこられた読者諸氏の脳神経がそろそろ焼き切れている頃だとは思うが、今回のイベントが終始トンチキなままであったかというとそうではない。
参加者の行った様々な演技の方法は、そのアプローチの差こそあれ「バーチャル空間でどういった演技をし、どういった見せ方ができるのか」という点に大きく迫る事となった。
シンクロナイズドスイミングという名称ではあるが、泳ぐ以外にもビジュアル面や演出面、あるいは意外性といった様々な方法で演技を成立させ、時に感心を、そして時に笑いをもって演目を終えたのである。
いわゆる過負荷によるクライアント落ちや目も眩む様な無茶苦茶なパーティクルエフェクトといったものは今回無く、ユーザーに負担を掛けない「慎ましさ」に溢れていたのは大いに評価されるべきではないだろうか。

 一見すれば何を言っているのか分からない、という企画であっても整合性の取れたイベントとなった今回のフルトラシンクロナイズドスイミング。是非アーカイブ配信も行われているのでそちらを見られる事もお勧めしたい。


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