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日米のベンチャーキャピタルへの投資に依存せざるを得ない事業開発が始まった。

ITベンチャー企業への出向から、古巣のエネルギー系大企業に戻ってきた私は、そのギャップに脳と体を解凍させるのに数ヵ月を要した。出向先のITベンチャーの社長から転職という機会を与えられていながら、覚悟を決めることもできず、恐れをなして逃げ出してきた格好だ。このことは戻った先の同僚は誰も知らなかった。戻った先の同僚たちは、ベンチャー企業でたった2年間お飾りのような仕事をさせられただけで、一体何の役に立つのかという視線で私を見た。

新規事業を立ち上げる部署での仕事が待ち受けていたのだが、そこで私が直面したのは、何を立ち上げればいいのか途方に暮れているメンバー達だった。アイデアもネタもないのだ。当たり前の話しだ。今まで半官僚のような文化の大企業で働いてきた社員達だ。新しいビジネスを立ち上げるからアイデアを出せと言われても無理な話なのだ。そこで、考えたのが新規事業のための中途採用の開始、そしてネタ探しのためのベンチャーキャピタルへの投資だ。

中途採用は、結構面白い人材が入ってきた。中でもリクルートから来た働き盛りの中年社員は明らかに周りの社員から浮いている異色の人材ではあったが、さすがに動きが早く、アイデアから実現までを着々をこなしていく人であった。

私が関わることになったのは、ベンチャーキャピタルへの投資であった。既にアメリカのボストンにあるベンチャーキャピタルに10億円近い投資をしていて、一人駐在員を送り込んでいた。ベンチャーキャピタルには、アメリカ中のこれから立ち上がる最先端のベンチャー企業の情報が月に数百社という単位で集まってくる。その情報に触れることができるのは、ベンチャーキャピタルとそこに投資した通称LP(Limited Partners)と呼ばれる投資家達だ。LPは週に一回開催される投資委員会に出席することができ、また投資検討対象となる案件情報の全てにアクセスすることができる。私はこの案件情報へのアクセスに大きく惹かれた。これほど面白いリストは今まで見たこともなかった。というのも、これから大きく成長していく可能性のある、それもまだ発表されていない最先端技術を持ったベンチャー企業のリストを特別に見ることが許されていたからだ。ここには、将来のApple、Google、Facebook、Instagramといった企業達が眠っているのだ。この中の企業と日本でのビジネスを考えて、立ち上げていくことができる。それだけで興奮した。

私はどうしてもアメリカでそれをやりたいと思うようになった。ちょうど駐在員の帰任期限が近づいていたので、私は後任を希望し、周りも私を推してくれたこともあり、半年後にボストンのベンチャーキャピタルに一人で駐在することが決まった。それまでの間に、私はアメリカのエネルギー系ベンチャーキャピタル、日本のIT系ベンチャーキャピタル、アメリカの政府に近い位置にある大手PE(Private Equity)ファンドの持つベンチャーキャピタル、シリコンバレーのベンチャーキャピタルなど、数社のベンチャーキャピタルに投資をして、ネタ収集の種まきをした。私がアメリカに行ってからのネットワーク作りの意味もあった。

ある夏の日、私はボストンに降り立った。前任の駐在員と海沿いのレストランでロブスターのランチを取りながら引継ぎを始めたのを覚えている。ボストンのベンチャーキャピタルのオフィスは、ボストンのダウンタウンの大きなビルの最上階2フロアーにあり、遠くにボストンの港を見ることができた。到着してすぐに早速投資委員会があり、数十社の投資検討が始まった。中には、IT&エネルギー系の先端企業も含まれていて、この案件はその当日に日本の本社に報告させてもらった。この会社は、ビルのサーモスタットから送られてくる情報を利用して、ビル全体の温度管理を自動化するというもので、部屋にどのくらいの人がいて、どういう動きをしているかをセンサーで感知して、最適な温度を分析するということまで実現していた。この案件は、私の抱える最初の案件となった。

こうしてアメリカでのベンチャーキャピタル生活が始まった。

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