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【連載小説】「好きが言えない 2」#11 ホームラン

 4回表
 

 見事なチームプレイに表情が曇る。なにより、詩乃が路教と顔を見合わせ笑みを浮かべているのが気に障った。
 二人して早くから朝練に出ていたことも気になる。何かを隠しているのは明白だが、おれの想像通りなら――夢の通りだとするなら――今後、野球に対するモチベーションをどうやって維持すればいい?
 この試合に勝ったら、すべてを語ってくれるのか? 野上に乗り換えるわ、なんて言われたらおれ……。

「センパーイ」
 我に返る。大津が目の前で手を振っていた。
「次、出番っすよ」
「おお、悪い」
「センパイ。一つ、言っていいっすか?」
「おう、なんだ?」
「絶対に、かっこいいとこ、見せてくださいよ? 春山センパイだって、本郷センパイのそういうところ、見たがってると思いますから」
「……なんで『春山』の名前が出てくるんだよ?」
 後輩相手にあいつを「詩乃」とは呼べなくて言い慣れない名字を使ったが、やっぱり違和感があった。しかしその必要はなかったかもしれない。大津はいう。
「だってフラれそうなんでしょう? だから必死になってるんでしょう? 知ってますよ、みんな」
「うっ……」
「ちなみにおれは、本郷センパイを応援します。バッテリーとしてね」
「そりゃあどうも。じゃあ、いこうか」
 みんな知ってる、だなんて言われたらもう頑張るっきゃねぇじゃん。ここで負けたらメチャクチャかっこわるいじゃん。
「なぁ、そこまで言うならお前もちゃんとリードしろよ」
「もちろん。おれだって、レギュラー狙ってるんで」
 なんとも頼もしい相棒だ。
「よし!」
 おれは気合いを入れ直し、マウンドに向かった。

 相手チームの一番バッターは奇しくも路教である。おれは帽子を目深にかぶる。表情はできるだけ隠したい。
 帽子のつばの陰から見えるあいつの表情を見るにつけ、なんとしてでも塁に出てやるという意気込みが感じられる。そうはさせるかよ……。路教にだけは打たれたくない。絶対に三振させる……!

 ピッチャーに立候補していながら、ヒッティングでも実績を残しているのが路教である。こうして対峙するのは初めてかもしれない。自然とボールを持つ手に力が入る。
「本郷、力むな。自然体でやれ」
 おれの後ろ、セカンドを守っている水沢先輩が言った。はっと我に返り、一度深呼吸をする。
 そうだ、あいつに対する私的な思いをマウンドに持ち込んではいけない。ここに立ったら、誰であってもバッターはバッターだ。抑える者と打つ者。それ以外の関係性は排除すべきだ。

 肩をぐるりと回し「締まっていこう!」と声を出す。「おーっ!」と味方の声が校庭いっぱいに響く。今のおれには彼らがついている。落ち着いて投げれば大丈夫だ。
 バッターの路教ともう一度向き合う。相手はよく知る男だ。弱点も心得ている。そこを突いて振らせる!

 一球目。内角低めに投げる。かなりインコースを攻めた球を、路教は見送った。球審はボールの判定。選球眼の良さは相変わらずだ。こちらが失投すれば塁に出られる。ピッチャーを威圧し、でんと構えていればいい、そういう発想を持っているやつだ。
 にわか仕込みのバッテリーだが、大津のリードは信頼できる。こっちはこっちで打てない球を投げるまでだ。

 続く二投目。力一杯、まっすぐ投げる。路教はバットを出したがタイミングが合わず、空振りをした。よし、ワンストライク。
 路教はバットを強く握りしめ、タイミングを計るように足を動かしている。
 キャッチャーの大津は外角低めのサインを出している。よし、それでいこう。
 呼吸を整え、振りかぶって狙ったところに投げる。バットが出る。が、それは空を切った。ツーストライク。よし、あと一球で抑え込める!
「センパーイ。まだまだこんなもんじゃないっしょ。いいとこ、お願いしますよぉ」
 返球とともに大津の声が届いた。

 もう十分、いいところに投げているはず。ストライクも二つ取っている。しかし大津は納得していない様子だ。
 いや、そうじゃない。油断するな。そう言いたいのだ。後一球という油断が、甘い球を投げさせる。それをバッターは狙っているぞと注意喚起してくれたのだ。
 バッテリーを組んでまだ日が浅いというのにこの洞察力。レギュラーを狙っていると言うだけのことはある。
「オーケー」
 それと悟られないよう、一言だけ発する。打たれてもいい、ホームランでなければ味方がしっかり守ってくれる。おれは独りで投げているわけじゃないんだ。

 路教。お前が突っかかってきてくれたおかげで、おれは目が覚めたよ。ピッチャーとしても、詩乃の恋人としても成長するきっかけを作ってくれて感謝してる。だからって、ここでお前に打たせるわけにはいかないんだよ。礼は、おれのピッチングできっちり返してやる。

 さあ、次はどこへ投げる?
 大津に視線を送るとあいつは「真ん中」に投げろと合図した。
 よし、それでいこう。深くうなずく。
 振りかぶり、大津が構えるミットの真ん中めがけて投げる。球は弾丸のようにまっすぐ突き進み、一秒足らずの早さで路教の前に迫る。
「ストライク! バッターアウト!」
  バットは回らなかった。路教は数秒、時が止まったかのように立ち尽くした。
 ベンチに戻るなり、やつはヘルメットを地面にたたきつけた。なだめるチームメイトの姿が見える。

 お前は今まさに感じているだろう、抑え込まれたバッターの悔しさを。そして打てなかった悔しさを次に返そうと思っているはずだ。そう。ピッチャーってのは、完璧に抑えれば抑えるほど仕返しされる。だから怖いポジションなのだ。
 おれはその怖さを知っている。それでもこのポジションを明け渡したくない。
 なぜかって、もちろんこの、抑え込んだときの快感を味わうためだ。恐怖よりも快楽を選ぶ。それがたぶん野球人の、男の性だ。
 路教を抑え込んだことで調子が上向いたおれは、続く二人のバッターも三振に抑え、チェンジとなった。

 二回表。今度はおれがバターボックスに立ち、路教と対峙する番だ。先に四番がヒットで出塁、五番は打ち上げてアウトになっている。
 チーム内での経験値順で一応六番になっているが、正直長打を打つ自信はない。特にこのところ、投げる方の練習を中心にしてきたせいで、バットはほとんど振っていない。
 それでも。
 おれは打ちたい。打って塁に出て、路教が悔しがる顔を見てみたい。
 改めてピッチャーの路教を見る。こちらをじっと見据え、隙を与えてなるものかとばかりにすぐグローブを構える。おれもぐっとバットを握る。

 どんな球を投げてくる? おれと競り合いたいなら自慢の投球をして見せろ! と心の中で挑発する。
 長い腕が振り下ろされる。まっすぐか……!
 思い切りバットを振った。が、タイミングが合わずにファウルになった。

「ここに立つと速く感じるだろう、野上クンの球は」
 キャッチャーの部長がマスクの下でささやいた。
「打ちたいなら、少し早めに手を出すことだ。彼はまだ、投げ分けるだけのテクニックを持ち合わせていない。速さだけの球なら、タイミングを合わせれば打てる可能性はある」
「いいんですか。敵のおれにピッチャーの攻略法を教えても?」
「かまわないさ。教えたからと言って、実際に打てる保証はどこにもない。後はバッターの腕次第だからね」

 遠回しに、路教の球を打てないと言われたも同然だった。部長らしい心理作戦だ。
 しかし打つポイントは丁寧に教えてもらったのだから、試してみる価値はある。
 それに。
 長打を狙わなくても、おれには「足」がある。走り込みだけは欠かさずに続けてきたし、瞬発力なら誰にも負けない自信がある。
 一塁にはランナーがいる。なんとしても生かさなければならない。

 路教が構えている。次の球はすぐに飛んでくる。
 再びまっすぐとわかり、おれはバットを持ち直した。そして球の勢いを殺すためにバットを引く。
「バント?!」
 バッテリーが戸惑っている間におれは全速力で一塁を目指す。一塁手が捕球の構えを見せる。おれはヘッドスライディングで一塁ベースに飛び込んだ。
「セーフ、セーフ!」
 おれのチームメイトが一斉に声を上げる。どうやら間に合ったようだ。

「本郷、セーフティーバントだなんて、なかなかやるじゃん」
 一塁を守っていた先輩が言った。
「なんとか成功しました……」
 全身についた土を払いながら答えると、
「本郷って、何でもかんでも全力だよなぁ。野上との対決、勝ちたいってオーラがにじみ出る走りだったよ。まぁ、春山との交際がかかってるじゃ、本気にもなるか」
 と失笑交じりに言われた。
「フラれたって噂も耳に入ってるけど、どうなの?」
 おれの知らないところで根も葉もない噂が流れているようだ。それとも、おれが知らないだけなのか?
「先輩には関係ない話です。それより、次のバッターが打席に入りますよ」
 とにかく、今は試合に集中しなければ。レギュラー入りが確定しているような三年の先輩にとっては遊びみたいな試合かも知れないが、こっちはマジなのだ。

 次の打席には大津が入った。キャッチャーとしての才能は見て知っているが、打つ方ではどうなのだろうか。一塁から見守る。
 大津はバットを短く持ち、独特のリズムを足で刻みながら路教の球を狙っている。
 あんなので打てるのか? 
 疑問に思ったのもつかの間、初球をいきなり捉えた。球はピッチャーの頭上、いや、センターの遙か上をも越え、学校の敷地の外に消えた。
「ホ、ホームラン……」
「センパーイ、一塁空けてくださいよぉ」
 大津ののんきな声が聞こえ、おれは慌てて走り始めた。

 小柄でマイペースなやつだけど、やることは大物級だ。レギュラー入りを狙っていると言っていたが、口だけじゃなくちゃんと実力も伴っている。後輩ながら侮れないやつだ。
「ちょっとやり過ぎましたかね? ボールはおれが捕ってこなきゃダメっすか?」
 ホームに還ってくると、大津はいたずらをした子供のように舌を出した。キャッチャーの部長は首を横に振り、「後で探せばいい」とだけ言って路教の元に駆け寄った。

 部長の背中を目で追いかける。おれ自身、一気に三点を失った路教の心情が気になった。
 路教は、不安と恐怖とに満ちた表情をしていた。敵ながらかわいそうになるほどだ。

 そう。これがピッチャーにのしかかるプレッシャーだ。おれだって何度となく感じてきた。けれどそのたびに動揺していては、チームの守備や攻撃に大きな影響を来す。だからどんなピンチを迎えても、マウンド上では強くあらねばならない。ポーカーフェイスを貫かなければ、チームを負けに導いてしまう。おれはそれを、痛いほど知っている。
 おい路教。ピッチャーならそんな顔をするな。同じチームの仲間を、詩乃を不安にさせるな。

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