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【連載小説】「好きが言えない 2」#9 ライバル

3回表


 おれは目を疑った。おれの目の前で、詩乃と路教が熱く抱擁し、キスを交わしていたからだ。
 どうして……!
 おれと別れるつもりはないと言ったばかりじゃないか。それともあれは嘘で、すでに路教とデキてたってことなのか……。
 心臓を握りつぶされたような痛みが走る。
 やめろ、詩乃から離れろ!
 掴みかかりたくても、手は空を掴むばかり。足だって一歩も動かない……。

「やめろぉっ!!」
 大きな声が出た。そこは布団の上。夢だったと知る。
「くそっ……!」
 布団を叩く。やけにリアルな光景だったことに憤りを感じる。
「今のはただの夢だ。現実じゃない。落ち着け、おれ……」
 言い聞かせてはみるものの、胸のざわつきは続く。

 詩乃にはいつでも会える。声も聞けるし、その体に触れることだって不可能ではない。ただ、付き合えたことでおれの気持ちが空回りしすぎて詩乃に呆れられてるだけ。詩乃が本気でおれから離れるなんて、あり得ない。いや、考えたくない。
 気がかりと言えば、ライバルの路教と詩乃が同じクラスってことだ。今やおれより、路教の方が詩乃と一緒にいる時間が長い。

 (いやな予感がする……。)

 おれは急いで朝の支度を済ませ、部屋を出た。
 階下の駐輪場に着くと、詩乃の自転車はもうなかった。いつもより早く出たつもりなのに、それよりも先に詩乃は出発したって言うのか。
 おれはすぐに自転車にまたがり、学校へと急いだ。


「あっ、祐輔。おはよ」
 部活に顔を出すと案の定、詩乃はすでに朝練に参加していた。隣には路教もいる。二人の距離の近さにおれは思わず眉根をひそめた。
「よぉ、ピッチャー。遅かったな。きょうはもう朝練には来ないのかと思ってたぜ」
「遅刻はしてねぇぞ。おまえらが早すぎるんだ。大体、ほかに誰も来てねぇじゃんか。……二人して、一体何してたんだ?」
「祐輔が知ることじゃねぇよ」
「…………!」
 夢で見た光景がよみがえる。勝ち誇ったようなその顔を見て、疑念が確信に変わる。
「詩乃。お前、何考えてんの……?」
 路教には問えなかった。おれは彼女に向かって胸の内を吐露する。
「最近のお前は何考えてんだか、全然わかんない」
 長い付き合いだ、その表情から何か読み取れるのでは? と思ったが、
「分からないなら、祐輔の想像力が足りないってことね。くだらないことを話している暇があったら練習を始めるわよ」
 といわれ、余計に腹が立っただけだった。

 とにかく投げずにはいられなかった。この憤りを、球に込めて投げつけたかった。
 ちょうどそこへ、昨日キャッチャーに選出された一年生の大津がやってきた。おれは彼を呼びつけ、ボールを受けてもらうことにした。

 おれの投球を初めて受けた大津は「おおっ!」と歓声を上げた。が、それから何球か投げると首をかしげだした。
「どうした?」
「センパイ、やけくそになって投げたらダメっすよ。球が死んでます」
「うっ……」
 うるさい、と言い放つのは簡単だったが、すんでの所で飲み込んだ。

 キャッチャーとしての素質を見込まれただけのことはある。彼の言葉は鋭いナイフのように胸に刺さった。
 怒りに支配されている今のおれは、当たり前の投げ方さえ出来ていない。そして明らかに冷静さを欠いている……。ピッチャーとしてあるまじき愚行。こんなことでは到底路教には勝てないし、他校のバッターを抑えることすら出来ないだろう。

 自分の呼吸がやけに浅くなっているのに気づく。そうだ、こういうときは深呼吸だ。何度か繰り返すと、気分が落ち着いた。
「よし、もう一球いくぞ」
 気を取り直し、放った一球。今度はきれいに決まった。大津も満足そうにうなずいている。
「これっすよ、センパイ。……あの、生意気なこと言っちゃいますけど、バッターにはピッチャーの気持ちの揺れを見せたらダメっす。絶対に打たれますから」
「……何でそんなことが分かる?」
「中学ではいろんなポジションやらされて、ピッチャーも経験してるんです。こてんぱんに打ちのめされたこともあるし。おれ、ピッチャーは二度とやりたくないっす。だから、ピッチャーを志願したセンパイのこと、ちょっと尊敬してるんっすよ」

 言われてみたら、どんなに打たれた後でも「マウンドを降りたい」と思ったことはなかったし、むしろ降ろされて「何くそっ」という気持ちを強く抱くことの方が多い。抑えられなかった自分に対して腹が立つのだ。だから次こそは打たれまいと奮起する。その想いが、再びおれをマウンドに向かわせるのだ。

 おれに言わせれば、キャッチャーだって尊敬に値する。常に全体を把握して次の一投を決める捕手は、頭がよくないと務まらないポジションだ。
「お前、キャッチャーに向いてるよ」
「それって、おれのこと褒めてくれてるんっすかぁ?」
 おれの言葉に大津は、喜んでいるような照れているような笑い方をした。
「じゃあ、もう少し続けましょうか。センパイ、なんかおもしろい賭けしてるんでしょ? おれにも勝利の手伝い、させてくださいよ」
 のんびりしているようにみえて、言うべきことはちゃんと言う。出来る男だ、と直感する。
「そんなら、とことん手伝ってもらおうじゃねぇか」
 部長とは全然違うタイプ。でも、「投げたい」と思わせるこいつともっとキャッチボールがしたいと思った。


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