【連載小説】「好きが言えない 2」#13 新たな闘い
5回表
勝ち投手にはなったものの、なんとも後味の悪い勝利だった。
「反省会」と称したミーティングは試合より長かった。新体制のチームには改善を必要とする点が多く、全員が何かしらのアドバイスを受けたせいだった。会が終わる頃にはみな、疲れた顔をしていた。
「祐輔、話がある」
ようやく解放され、帰り支度を済ませたところで路教に呼び止められた。さっきまでうつむいて元気がなさそうだった路教だが、今は力のこもった目でおれを見ている。
「話って?」
二年生の靴箱の前。他に人はいない。路教はすぐ目の前に詰め寄ってきた。
「完敗だ。今回ばかりは」
そう言いながらも攻撃的な口調だった。
「けど、お前の投げ方とか、マウンドでの態度とか、盗ませてもらった。次は負けない」
「そうか。勝手にしろよ。次のおれはその上をいくから。勝ちを譲る気はねぇよ」
「それでなくちゃ面白くねぇ。……春山だって、次こそは振り向かせる。次こそは……!」
「ふん、次なんてあるもんか」
その言葉は、そっくりそのままおれ自身に返ってくる。次はない。おれだって、後には絶対に引けないんだ。
路教はツバを吐きかけんばかりに「ちっ」とつぶやき、去って行った。
あいつがいなくなると、なんだかどっと疲れを感じた。ため息をつき、靴を取ろうとすると、
「祐輔……」
再びおれの名を呼ぶ声がした。今度は優しい女の声。
「詩乃。……いつからそこに」
「ごめん。二人の話、聞いてた……」
「……まぁ、詩乃も靴はここに置いてるもんな。聞かれてもしゃーない」
自分でもびっくりするくらい穏やかな声だった。いや、半分おびえているせいかもしれない。腹から声を張れない。
おれたちのピッチャー対決は終わった。詩乃はきっと、答えを出しているはず。そしてそれを伝えようと機をうかがっていたに違いない。
「聞かせてくれ。お前の答えを」
おれの方から問うた。詩乃は少しうつむいて押し黙った。おれは怖くなって、自分から思いの丈をぶつける。
「おれはずっと、ああ言われたあとでも詩乃のことが好きだ。路教と仲良くしてたって、おれの気持ちは変わらない。むしろ、もっと好きになったくらいだ。詩乃の心が離れていくと思うだけで耐えられない。……こんなおれを情けないと思うなら、おれはもっと強くなれるように頑張る。だから……」
そのとき、詩乃がおれの胸に飛び込んできた。
「怖かった……。ずっと、怖かったよ……。大好きな祐輔と会わないで過ごしたり、突き放すようなことをあえて言ったりするのが、本当に辛かった……」
詩乃は泣いた。おれはまた、泣かせてしまった。
「ごめん。辛い思いさせてごめんな……。おれ、甘え過ぎちゃって、迷惑かけちゃって、本当にごめん」
「祐輔は謝ることないよ。……私、分かったの。どんな投球をしても、勉強で赤点を取ったとしても、祐輔は祐輔だ、って。どんな祐輔であっても好きなんだ、って。なのに私は……」
「もういい。無理すんな。……ありがとな」
ちょっとでも詩乃の気持ちを疑った自分が恥ずかしかった。もっと強くならなきゃって、本気で思った。
「投げてるときの祐輔、格好良かったよ。正直、惚れ直しちゃった」
詩乃はそう言うとようやく笑った。そうか、詩乃を笑わせるにはそうすればいいのだと、改めて思い知る。
「きょうは短い試合だったけど、次は完投するとこ、見せてやるよ。んで、今度こそ、セカンドは詩乃に守ってもらう」
「……そうだね。お互い、レギュラーの座をつかみ取れるように頑張ろうね」
「ああ」
やっぱりおれたちは野球で出来てるらしい。野球で活躍できてこそ、おれたちは上手くいくのだ。
そっと詩乃の手を取り、手の平をじっと見つめる。バットを振りすぎてマメが出来ている。少し前に握ったときは、柔らかい女の子の手だったのに。
「やだ、そんなに見ないでよ」
詩乃は恥ずかしがって、おれの手を払おうとした。
「努力の証だろ? じっくり見せてくれよ」
「こんなになるまでバットを振っても、祐輔の投げる球には手が出なかったんだよ? きょうの私は全然いいとこなかったなぁ」
「これからはおれが特訓する。おれくらいの球、難なく打てるようにならなきゃ」
「私が打てるなら、祐輔の腕もまだまだってことじゃない?」
「言ってくれるなぁ。でもその前に、おれから一本でもヒット打って見せろよなぁ」
二人だけの会話がこんなにも楽しい。久々に笑い合い、心の底から二人でいることに喜びを感じ始める。
そのとき、背後から冷たい視線を感じた。思わず押し黙って振り返る。
「君たちは別れるべきだと言ったはずだ、春山クン」
永江部長だった。和やかな空気は一瞬にして凍り付いた。詩乃はおろおろし、おれに身を寄せた。それを見て部長はあからさまに嫌そうな顔をした。
「互いに努力したのは認める。しかし、交際を再開すれば元のふぬけた状態に戻るのは目に見えている。せっかくの努力も水の泡になってしまうと、僕は案じているんだ。それほどまでに、恋は人を腐らせる」
「……そんなことはありません。部長は何か、誤解しています」
あまりの言われように、とっさに反論する。
「おれたちはもう、同じ過ちは繰り返しません。夏の大会に向け、これまで以上に努力を……」
「努力するのは当たり前。僕が言いたいのは、いかにして誘惑を絶つか、ということだよ」
部長はおれの言葉を遮り、持論を展開する。
「君たちがいちゃいちゃしていたせいで一人、妙な気を起こした人物がいる。周知の通り、野上クンだ。君たちのふるまいが、チームにいらぬ感情を与えているという、何よりの証拠だ。これは勝利を目指す我々にとってはゆゆしき問題だということを肝に銘じてもらいたい」
「……本気で甲子園を目指すってことですか……?」
そこまで甲子園こだわっているとは、思いもよらなかった。
部長は、感情的になったと思ったのか、声のトーンを落とした。
「……僕だって君たちと同じだよ。野球が好きだ。だからこそ、やるなら勝ちたい。一試合でも長くプレイしたいからこそ、脳の半分が恋愛でしめているような人間と一緒にプレイしたくないんだよ。全神経を、野球に捧げられる仲間と高みを目指したいんだよ。分かるかい、僕の本気度が」
自分だけは遊びで野球をしているのではないのだと言いたげだった。その態度に、おれは憤りを感じた。
「部長。お気持ちは察します。でも、おれにも言わせてください」
「異論があると?」
「そうです。これだけは、こっちも譲れないんで」
「そこまで言うなら聞こう」
心配そうな表情を浮かべる詩乃に「大丈夫」と目で合図を送り、おれは意を決して言う。
「部長が野球を愛するように、おれは……彼女を愛しています。今この瞬間にも全力で愛したいんです。もちろん、野球のことも好きです。おれは、いつだって、何にだって全力です。
さっきも言った通り、これからはピッチングの手を抜いたりしません。ちゃんと、行動で示します。もしそれが出来なかったときは、おれの方から部を去ります。迷惑はかけません」
「口だけではないと言えるかい? 本当にそれをやり遂げるという、確かな証は?」
「…………」
鋭い指摘に思わず閉口する。と、
「私がサポートします。もう、部に迷惑をかけるようなことはさせません」
詩乃が一歩前に出てそう宣言した。部長は鼻で笑った。
「なんとも、美しいかばい合いだな。これが恋というものか……。まぁ、今回は春山クンの演技のおかげで本郷クンも持ち直したことだし、その言葉を信じることにしよう」
「じゃあ……」
「二人の交際は認める。ただし、部活動中に私的な会話や、二人きりの世界に浸ることは認めない。そんなそぶりをちょっとでも見せたらどうなるか、分かるね?」
「はい……」
厳しい目つきの部長にそう言われては拒むことなど出来なかった。おれたちは、部長の監視下の元で野球を続けるしかないのか……。
こちらの返事を聞くと、部長はいつもの穏やかな表情に戻った。
「今日はお疲れさま。二人の、今後の活躍に期待しているよ」
そう言って、おれたちの前から去って行った。
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