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【連載小説】「好きが言えない 2」#6 助言

2回表 

 与えられた期間は一週間。その間、おれにやれることはすべてやり尽くすくらいの気持ちで臨むしかない。何しろこれは、おれの人生がかかっていると言っても過言ではないからだ。運がよかったとはいえ、おれは一度死の恐怖を体験している。それの恐怖を思えば何だってできる。


 みんなが一週間、どんなトレーニングをするのかは分からない。部活が終わってからどれだけ差をつけられるかが鍵になる。そうは言ってもおれの場合、今更フォームがどうとか、球威をあげなきゃとか、そんなのはどうでもよくて、鍛えるべきは精神力と筋力。特に今問題なのは精神力だ。部長も詩乃も、そこをズバリ指摘してきた。


 ピッチャーというポジションは孤独である。打たれたとき、いかに気持ちを切り替え素早く立ち直れるかが最大のポイントになってくる。それができないうちは、続投はおろか、次の試合でも投げさせてもらえないだろう。
 ピッチャーが抑えていれば、内外野手も安心して守れる。そんな話も聞く。つまり、いいピッチャーがチームの心に余裕を作るということ。それだけ、おれがやろうとしているポジションの責任は重いのだ。


 部活が終わっていったん帰宅し、夕食をとった後は最寄りの小さな公園に足を向ける。そこでおれは小一時間、塀に向かってひたすら投球練習をする。投げる場所もなく、キャッチャーもいない状況ではこうするよりほかになかった。別れ話さえなければ詩乃に頼めたかもしれないが、それも無理。まさに、孤独を克服するための時間だった。


 何日か続けていると、ボールが壁を打つ音が気になるという「苦情」が入った。誰もいない公園で黙々と投げているだけなのに、と思いながらもその日は仕方なく練習を切り上げた。
 バッターならその場で素振りの練習ができるが、ピッチャーはそうはいかないのが難点だ。練習場所を奪われたら、おれは一体残りの数日をどう過ごせばいいのだろう。


 ちょっと考えてみたものの答えは出ず、結局次の日も同じ公園で塀に向かって投球練習に励む。おれにはおれの事情がある。とにかく、独りで投げるこの時間がおれには必要なんだ。
「毎日、熱心だね」
 息が上がってきた頃、今日も一人おれに声をかけてきた人がいた。また苦情だろうか。おれは頭を下げようとしたが、よく見たら見覚えのある人物だった。
「詩乃の、お父さん、ですか?」
「久しぶりだね。見ないうちにいい球を投げるようになった」
「いえ、まだまだです……」
 謙遜ではなく、本当にそう思っての発言だった。何せ、詩乃のお父さんが所属していた野球部は埼玉県大会で準優勝したと聞く。優勝争いには全く絡めないチームに属するおれの投球は、まだまだ強豪相手に通用するレベルではないだろう。
「本当のことを教えてください。おれのピッチングが実戦で使えるものなのかどうかを」
 この年になって改めて教えを請いたくなった。小学生の頃はお遊びだったが、今は違う。
 詩乃のお父さんはちょっと困ったような顔をした。
「教えると言っても、こっちだって現役を退いてからずいぶん経ってるしな。……むしろ、詩乃に聞いた方がいいんじゃないかな?」
「えーと、詩乃にはちょっと聞けない事情があって」
「なるほど……。祐輔君も詩乃の扱いには苦労してるということか」
 じゃあ一つだけ、アドバイスをしようか。
 そう言って、詩乃のお父さんは一歩近づき、おれの肩に手を置いた。
「自分を信じなさい。打たれるんじゃないかという気持ちは投球に表れる。結果、本当に打たれ、自信を失ってしまうことになる」
「自分を信じると言っても、どうやって……」
「納得がいくまで練習を積み重ねる。誰にも負けない努力をする。それが自信につながる」
「……とにかく投げ込むってことですか?」
「ピッチャーだからと言って投球にこだわらなくてもいい。筋力トレーニング、ランニング、そういう基礎的な部分こそ疎かにしてはいけないよ」
「はい。分かりました」
 おれが元気よく返事をすると、詩乃のお父さんは笑顔でうなずいた。
「そうそう。その明るさも大事だ。ピッチャーが自信を持った顔つきでいるだけで、チームの士気が上がるから」
「はい」
 それじゃあ、頑張って。本当に短いアドバイスだけを残し、詩乃のお父さんは帰っていった。しかしそれは貴重な言葉だった。


 どんなことでもいい、自分が「全力を尽くした」と思えれば自信になる。誰よりも練習したという自負がおれを強くするってことか。なら、ここで闇雲に投げていたって仕方がない。投球の精緻さより、精神力を鍛えなきゃいけないとダメだってことは、とっくに分かっていたことじゃないか。
 そう思ったら走りたくなった。おれはグローブとボールをマンションの駐輪場に停めてある自転車のかごにを放り込み、靴紐を結び直すとそのまま夜の街を走り始めた。


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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