【連載小説】「好きが言えない 2」#2 永江部長
K高野球部の権限は部長にゆだねられている。顧問兼監督はいるが、野球経験のない体育教師がちょっと様子を見に来る程度。誰をレギュラーにするか、はたまた入れ替えるかは三年生を中心に議論され、部長が「これで行こう」と言えばそれで決まる。それが伝統みたいになっている。
私立のS高校やH高校のように野球のエリートが集まる学校ではないから仕方がない。あくまでもうちは、英語教育に力を入れてるだけの公立高校だ。
昼休みに自分の席で過ごす人間は限られている。部長はそっち側の人間だ。野球部を率いるキャプテンでありながら、冷静沈着、頭脳明晰。T大進学を目指しているとさえ聞く。
おれたちは、何やら難しそうな本を読んでいる部長の席の前に立ち、声を掛けた。夢中になっていると、いくら呼んでも答えてくれない人だということはわかっている。
「部長! 永江先輩! お話があります」
少し間をおいて、部長はハッと気づき、顔を上げた。
「やあ、君たちか。なんだい、わざわざ昼休みに僕のところまで来るとは」
「お話が、あります。部活のことで」
もう一度言うと、部長は本を閉じ、席を立った。
「まぁ、ここじゃなんだから、部室に行こうか。時間はまだある」
部長に促され、おれたちは部室に向かった。
梅雨時の部室はむしむししていて、用具やらユニフォームやらのにおいが普段よりきつく感じる。そんなことを思った矢先、さっそく部長は口を開いた。
「それで、話というのは?」
「路教がピッチャーに転向したいと相談したって聞きました。本当ですか?」
おれも単刀直入に切りだした。部長は「ああ、そのことか」と言った。
「野上クンの待ち伏せにあってね。朝、登校するなりその話をされたよ。まぁ、二年生の中でもピッチャーを育てていくことは大事だと思ってね。君が不調で投げられなくなったときには代わりの人間が必要だろう? 僕たちも、夏の大会が終われば引退してしまうし、いつまでも三年のレギュラーに頼るわけにもいかない」
「それは、わかります。でも……」
「でも?」
「……おれはまだやれます! これから真面目に練習再開して、チームの勝利に貢献します。だから、おれに投げさせてください!」
深々と頭を下げた。なぜか、詩乃まで同じようにしていた。部長はため息をつく。
「君の言い分はわかった。でも、そういうよりもまず行動で示してくれないと。言うは易く行うは難しだ」
「やります。なんでもします」
「僕は野上クンにもピッチャーの素質はあると思っている。継投できるようにしておくのは、戦略的にも必要不可欠だ。だから、彼の申し出は受け入れるつもりでいる。そのうえで、エースピッチャーを決めたい」
「……はい」
「時間をあげよう。一週間後、一年生も含む全員に各ポジションの適性テストをする。その結果を踏まえてレギュラーを再構成する」
「全員……ですか」
「どうだろう? 異論は?」
「……ありません」
眼鏡の奥の目がギラリと光っているこの状況で、異論があるなんて言えっこない。
部長はいつだって公平だ。全員にチャンスを与え、そのうえで判断すると言っている。
真に実力のあるものだけがレギュラーになれる。当たり前のことだ。誰も特別に優遇されたりはしない。それはある意味、安心材料だ。直談判した路教だけがピッチャーとしての適性を再審査されるわけじゃないなら、おれは喜んで受け入れる。
もちろんその結果、ピッチャー以外のポジションになる可能性もある。だけど、おれの努力不足でそうなるのなら諦めもつくというもの。チームがそれでうまく回るなら、部長の采配を信じ、受け入れるまでだ。
部長は大きく二度、うなずいた。
「なら、今の話は放課後、チームミーティングで発表することにしよう。野上クンの耳には先に入れておいてもいいが、まぁ、ここで僕の口から言うほうが彼も納得するだろう」
「……ですね」
「本郷クン。僕らにとってはこの夏が高校最後の部活になる。それが何を意味するか、分かるね?」
「……甲子園を目指す、最後のチャンスってことですか?」
「春の大会で経験を積んだ今のメンバーなら勝ちに行けると信じている。そのためにも責任をもってチームを編成する。いつでも、容赦なく」
「……はい」
「君ならすぐに納得してくれると思っていたよ。まぁ、すんなり受け入れられない人間もいるだろうが、幸いにして今日はミーティングにふさわしい雨模様だ。部活動の時間いっぱいかけてでも、みんなには了解してもらわなければならない」
「はい」
「君が納得したならこの話はおしまいだ」
そう言って部長は腕を組んだ。
「ところで、春山クン。マネージャーの君に話がある。少しだけ残ってくれないかな?」
「私に? あ、はい」
詩乃が部長のそばによると、席を外せ、とばかりに部長はおれに目配せをした。
「失礼します。お時間をいただき、ありがとうございました」
おれは、詩乃を置いて部室を出た。
雨に降られながら校舎に急ぐ道中で思う。部長はチャンスをくれた。なんとしても挽回していいところを見せたい。詩乃はピッチャーのおれが好きだと言う。これ以上、ダサいところを見せるわけにはいかない、と。
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