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大塚って「面白い」。その❝真の意味❞はジュンコさんに教わった。~対談:コシノジュンコ/ファッション・デザイナー(後編)~

コシノジュンコさんは、みなさんもご存じのように世界的に活躍するファッション・デザイナーですが、その活躍は単なるファッションという枠を超え、絵画の制作や演劇のプロデュースなどなど、様々な分野に及びます。

そんなジュンコさんと、不思議なご縁で親しくさせて頂き(前編参照)、昨年から度々大塚にも来ていただいています。

普段はごはんなど食べながら、ざっくばらんなお話をさせていただいていますが、今回実現した対談では、東京・南青山にあるコシノさんのご自宅へお邪魔して、まちづくりをテーマにじっくりお話ししました。豊島区のポテンシャルについて伺った前編に引き続き、後編では、大塚のまちの未来から、コシノジュンコさんの人生哲学までをお伺いしたいと思います。

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【コシノジュンコさんプロフィール】
ファッション・デザイナー。大阪・岸和田生まれ。姉:コシノヒロコと妹:コシノミチコも同じくファッションデザイナーとして活躍。「コシノ三姉妹」として知られている。ファッションを学んだ文化服装学院では同期に、高田賢三、松田光弘、金子功など、後のファッション界をリードする人材が揃い、「花の9期生」と呼ばれた。同学校のデザイン科在学中の1960年、新人デザイナーの登龍門といわれる装苑賞を最年少の19歳で受賞。後にパリコレなどで活躍する。2021年5月、フランスの最高勲章であるレジオンドヌール勲章シュヴァリエを受章。

現在TBSラジオ「コシノジュンコMASACA」(毎週日曜日/17:00~17:30)が絶賛放送中。豊島区との取り組みとして、コシノジュンコのプロデュースで、オペラ・オーケストラ・コンテンポラリーバレエ・モードなど各界のスターが共演する野外エンターテイメント『TOSHIMA ARTS LIVE 2021』(2021年9月)が池袋西口グローバルリングシアターを舞台に行われた。


武藤 「豊島区はせっかく良いコンテンツが揃っているのに、それを発信する力が少し弱いかなと感じていました。そんな時、ジュンコさんが豊島区のことを気に入ってくれて、いろいろと発言・発信していただけるので、大変嬉しく思っています。著名なファッション・デザイナーの方はたくさんいらっしゃいますが、ファッションに詳しくない一般の方でもコシノジュンコと認識できる知名度には驚かされます。ジュンコさんのことを知らない日本人はいない、って感じですものね」

コシノ 「それは本当に有難いこと。デザイナーとしてデビューするとき、初対面でも記憶に残るインパクトをと思って❝おかっぱ頭❞を貫くことにしたんです。名前を「コシノジュンコ」とカタカナ表記にしたのも、その方が印象的だから。その後はだんだんと、自然と知られるようになって。例えば、NHK朝の連続テレビ小説「カーネーション」※もそうですよね。最近、再放送されているみたいですけれど、そういうものでより広く知って頂いたというのもあります」
※コシノ三姉妹の母、デザイナーの小篠綾子をモデルにしたドラマ。2011年下期に放映。

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武藤 「ジュンコさんは大御所なのに、話してみるととっても気さくで、大御所然としていないのが親しみやすくて素敵ですよね」

コシノ 「それは大阪の岸和田出身だからかもしれないわね」

武藤 「ノリもいいですし(笑)」

コシノ 「岸和田といえば、だんじり祭りですけれど、三姉妹の中で唯一私だけ高校2年生までだんじりを引いていました。もう大好きでやめられなくて」

武藤 「え、あんなスピードが出る荒々しいものを引っ張っていたんですか⁉」

コシノ 「私、走るのは速いんですよ。走ることも大好きで、今もいつも走っています・・・気持ちがね(笑)」

武藤 「さすがです(笑)」

コシノ 「運動って漢字で書くと、“運”が“動く”って書くでしょ? だから人にとって、とても大切なのよね。「運がない」って言う人は、もしかしたら運動が足りていないのかも」

武藤 「ジュンコさんの著書※でも、漢字からは色々な発見があると書かれていて、とても興味深かったです。」
※コシノジュンコ著『コシノジュンコ56の大丈夫』/世界文化社

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武藤 「ジュンコさんからは、いつも前向きな言葉を頂けて、元気をもらえます。とりわけ僕がジュンコさんに心を射抜かれたのは、親しくさせていただくきっかけとなった『ぼんご』※でのラジオ番組打ち上げで、お店へ向かう道すがらの時です」
※大塚で大人気のおにぎり店

コシノ 「あの日、武藤さんと初めてちゃんとお話ししましたよね」

武藤 「はい。大塚のまちを歩きながらジュンコさんに、“あなたいい建物つくっているわね、ここに住んでいるの?”って聞かれて。いや実は大塚に住んでいないんですよ、と僕が答えた時、普通なら僕が大塚に住んでいないことに違和感をもって“なんで大塚に住まないの?駄目でしょ、大塚に住まなきゃ”って言うのが大概のリアクションだと思うんです」

コシノ 「確かに、そうかもしれないわね」

武藤 「けれど、ジュンコさんは違いました。ちょっと「間」をおいて、“それはつまり、あなたは(大塚というまちを)客観視したいってこと?”って言われて・・・。その時、僕が説明する前に、そんな事を言ってくれる人は初めてだったので、衝撃的でよく覚えています」

コシノ 「やっぱり一歩離れて物事を見てみると、その物事の全体が見えますよね。私だったらパリコレとかでパリへ行った時に、パリから東京を見てみる、日本を見てみる、みたいなものです。どっぷりその環境に浸かっていると、まあいいか、となるけれど、客観的な視点を持つことで問題意識が生まれてくるんですよ」

武藤 「仰るとおり、僕も大塚を離れてみなければ分からなかったことが、たくさんありました」

コシノ 「先ほど武藤さんの仰った「間(ま)」のとり方というのも、実は日本人独特のものだったんだと、海外に出てみて気付きました。「時間」「空間」そして「人間」、漢字を見ても、日本人は様々な分野に「間」の考え方を取り入れているのが分かります」

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武藤 「ジュンコさん世代の方は、まちは変わらなくてもいいと思っている方も少なくないですけれど、そこも僕らは向き合って話し合っていかないといけないと思っています。そんな時ジュンコさんは、“もっと行きなさいよ、あなた!”と勇気づけてくれる稀有な存在なんです」

コシノ 「豊島区長は武藤さんのことをすごく信用していて、期待していますよ。若い武藤さんがいるから面白いまちができるんだって」

武藤 「恐れ多いですが、有難いお言葉です。まだまだ始まったばかりではありますが、色んな事に挑戦し続けます」

コシノ 「武藤さんみたいに、まずはまちが変わる見本をつくることが大事だと思います。池袋だと大き過ぎて取り組み自体を目立たせるのが大変で時間もかかるかもしれない。だけれど大塚のまちのスケールだと武藤さんの「ba」の取り組みなどは印象的ですよね。そのレベルにしようと大塚に関わる人たちも努力する。芸術というものも含め、地域の人の意識を目覚めさせることが大切だと思います」

武藤 「豊島区としても、国際アート・カルチャー都市構想を掲げていますしね。僕たちもまだ手探りですが、街のひとたちの目に触れる場所にアートを配置したりと、実験的な試みを始めました」

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2021年秋より実験的に、「ba」ビルにアート作品を設置している

コシノ 「住んでいる人の意識が変わることが重要なんです。意識が変わると、街がどんどん美しくなるし、元気になる

武藤 「まちの特徴や、オリジナル性も出ますよね」

コシノ 「他の都市とは違うという、その違いを見せないといけない。外からの印象、豊島区ってなんだか治安が悪いんでしょ、とかそういうイメージがありますけれど、実際には、単に豊島区に行くチャンスがなかった人たちだってたくさんいるはず。だからこそちょっとした変化を起こせば、印象もガラっと変わる可能性があります。武藤さんはそのポイントに立っていると思います」

武藤 「ある意味、すごいチャンスかもしれませんね」

コシノ 「都市計画にはまず整理をすること。デザインの原点です。私が住んでいる港区の印象をかっこよく変えたひとつは、森ビルの森稔さんが行ったまちづくりということもあると思います。武藤さんには森さんみたいになってもらいたいわ」

武藤 「いや、規模も違いますし、さすがに森ビルみたいには・・・」

コシノ 「森さんと同じことをするということではなく、まちや建物をつくっている人たちの顔が見えるまちづくりをして欲しいということです」

武藤 「確かにそうですね、勉強になります!」

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コシノ 「以前、安倍政権の時代に私がクールジャパンの委員をしている時、安倍さんから色紙にメッセージを書いて欲しいと急に言われたことがありました。安倍さんの掲げる「美しい日本」にかけて、私は“美味しい日本。面白い日本”と書いたんです」

武藤 「さすが、頓智がきいてますね!」

コシノ 「美味しい=美(び)に味(あじ)がある。面白い=面(めん)が白(しろ)い、ということです。どういうことかというと、“美しい”だけでは、目に見える見かけだけの話で、美味しさには味、つまり技術とかクリエイティビティとか中身がないといけない。“白い”というのは可能性があるという意味で、面が白いということは、その面に何でも自由に描けるってことなんです。豊島区と大塚にはその可能性がありますよ」

武藤 「色が無いから、色が付きすぎていないから変えやすい。そういうことですよね。そして白と言えば、余白も大事ですよね」

コシノ 「キャンバスの上でたくさんの色を混ぜてしまったら、濁って汚くなるでしょう?どれだけ残すか、どれだけ余白をつくるか。“ハンドルの遊び”と一緒ですよ」

武藤 「ジュンコさんから色々と教わっていますが、❝敢えて❞残す。その重要性に改めて気付かされました」

コシノ 「JR大塚駅北口の広場※なんて、まさに“都市の余白”ですよね。駅前に広場という余白があるから人が集まってくる。人が集まってくるから未来への可能性が生まれる。一歩路地を入るとお店とかマンションが密集しているけれど、駅前に綺麗な広場があるからまちが際立つ、良いバランスだと思います」
※ironowa hiro ba(いろのわひろば)。2021年3月竣工の新しい広場。山口不動産が豊島区からネーミングライツを取得。

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武藤 「民間だと駅前の一等地が空いていたら使っちゃう。行政だからこそ、生まれた余白かもしれません」

コシノ 「大塚は、行政と民間がタッグを組んで、いいチームですよね。チーム力で、まちはかっこよく育っていくと思います」

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およそ1年間続けてきた連載も、残すところあと1話となります。
友人(コルクの佐渡島)に薦められて第1話を書き始めた当初は、自分のこれまでを曝け出して文章にすることに、正直まったく乗り気になれませんでした。

「いきなり自分語りを始めるなんてキャラじゃない」「うつになった過去をカミングアウトする必要なんてあるのか!?」と、「人からどう見られるか」を意識し過ぎていたのかもしれません。

けれど、実際に連載を始めて待っていたのは、予想もしなかった反響の数々でした。旧友や、かつての仕事仲間、実に様々な方からの反応があり、僕自身にも大きな変化がありました。次回はそんな1年を振り返りながら、改めてこれからの大塚について綴ります。

大塚のまちをカラフルに、ユニークに

大塚が変わるプロジェクト「ironowa ba project(いろのわ・ビーエー・プロジェクト)とは?(▼)

編集協力:白井良邦

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