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SS 【鏡】
最近どうも調子が変だ。
部屋でくつろいでいる時、薬をやっているわけでもないのに聞こえないはずの声が聞こえるのだ。
その幻聴はノイズが入って聴き取りづらいが、いつも助けを呼ぶ声だ。
おそらく同じ男の声で「助けてくれ」とか「ここから出してくれ」とか気味が悪い。
ある日、その声が部屋のある場所から聞こえてくることに気づいた。
ぼくは数ヶ月前、骨董屋で大きな鏡を購入した。どうやら声はそこから聞こえてくる。
ぼくは鏡の前に座り、中をじっくりと覗きこんだ。
ぼくとそっくりな男がこちらを見ている。
ぼくが映っているのではなく、見分けのつかないほどよく似た誰かが中にいるのだ。
まるで真似るのが仕事のかのように、同じ動き、同じ表情をする。
よく見ると微妙に時間差がある。
鏡に映るぼくによく似た男は、ぼくの動きを真似ながら目で必死に何かを訴えている。
僕は思わず「誰?」と声を上げた。
すると鏡の中に一つの黒い影が現れ、男を呑みこんだ。
その時の血の気の失せた男の表情といったら、まだ息があるのに天敵に食べられる野生動物のようであった。
一瞬で影は消え、男も消えた。
それから数年たった今でも、鏡には拭いてもとれない手の跡が残っている。
最後の瞬間、鏡の世界から助けを求めて付いた手の跡。
ぼくは今でも考える時がある。
どうすれば彼を救えたのだろうと。
不思議だったのは鏡に部屋の様子は映っていたのに、どんなに近づいてもぼくの姿が映らなかったこと。
ぼくは気づいた。
鏡に映らない人など居ない。
あの男はぼく自身で、すでにぼくはこの世には居ないのだと。
終
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