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SS【成功を呼ぶ飴】

優柔不断で今一つパッとしないアラサー男の優(ゆう)は最近彼女にふられた。

彼女は優の穏やかで優しい所に惹かれて付き合い始めたが、ここぞという大事な場面でポンコツぶりを発揮する優に嫌悪感すら感じるようになる。

決断力のある彼女はパッと別れを決めた。


優は医薬品容器や食品容器を製造する工場で働いている。

入社した頃は二十四時間フル稼働していたラインも、今は明るい時間帯しか動いていない。

優はなるべく生活コストを下げながら、お世辞でも多いとは言えない給料で節約生活を送っていた。


最近新しいアパートへ引っ越しをした。

以前住んでいたアパートは、市内でも片手に入る家賃の安さで、会社へも徒歩十分で行けるので気に入っていた。新しいアパートから会社までは徒歩三十分ほどかかることもあり、優は安いカゴ付きの自転車を購入した。

新しい通勤ルートには昔ながらの駄菓子屋が一軒ある。

昔はあちらこちらで見かけたが、最近ではほとんど見れない貴重な店だ。

店の前には全品百円の自動販売機と木のベンチが設置してある。


夏バテなのか彼女にふられたせいなのか、元気の湧かない優はスーパーで発泡酒を買ってから駄菓子屋に寄った。

ガラガラガラっと音を立て戸を開けると、狭い店内の両脇に棚が並び、下から上まで所狭しと駄菓子が配置されていた。

正面には小さな木のカウンターが見える。

カウンターの奥に、短く刈り上げた白髪頭のおじいさんが、頭を下げコックリコックリと縦に揺れながら座っていた。

おじいさんの横には昭和の匂いのする年季の入った扇風機が、首を振りながら狭い店内に風を送っている。

おじいさんは戸が開く音に気づいてカウンターの上に置いてあったメガネを取ってゆっくりとかけた。

「いらっしゃい。おや? 見ない顔だね。ここらの人じゃないのかな?」

おじいさんは穏やかな笑顔でそう言った。


「はい。最近こっちに引っ越してきました」

優はおじいさんと、あれやこれやと世間話をしたあと、つまみ用の駄菓子を購入して店を出た。


優はなんだか少し悲しくなってきた。

店の前にある日陰のベンチに腰かけ、惰性で同じことの繰り返しな毎日と、彼女との楽しい思い出が走馬灯のように頭を巡った。


ガラガラっと戸が開いておじいさんが出てきた。

おじいさんは「あっついね」と言ったあと、ホースで店の前の道路に打ち水を始めた。

「どうしたいぐったりして、夏バテかい?」

「それならいいんですけど・・・・・・」


「よし、ちょっと待ってて」と言っておじいさんは店の奥へ入っていった。

それっきり中々出てこない。

倒れているのではと心配し始めた優の前におじいさんが戻ってきた。


「これ、なめるといい」

おじいさんは優に棒付きの飴を一個手渡した。

「これ一個で二日間は効果があるよ」

「え? どんな効果ですか?」


「成功を呼ぶ!」


おじいさんはそれだけ言い、ニヤッとしてから店の奥へ入っていった。


翌朝、自転車を走らせ会社に向かいながら例の飴をなめる優。

イチゴ味で特に変わった感じはしない。


これはプラシーボ効果ってやつだなと優は思った。

効かない薬でも、医者によく効くと言われて飲めば効果が出るというあれだ。

おじいさんなりの優しさなのだろう。


今日はラインを止めて機械のメンテナンスをする日。

まずいことにベテランの先輩たちが体調不良で二人も休み、いつも指示待ちの優が、まともにやったことのない仕事をするはめになった。

現場にいるのは優と、優よりずっと知識も経験も少ない新人の後輩が二人。

優も普段教えてもらったらすぐメモを取ったりと学ぶ姿勢があるので、頭の中である程度は理解していた。


しかし後日、案の定経験の浅い優と新人の後輩たちの仕事には問題が見つかり、最初からやり直さなければいけない箇所も発覚した。


その翌日、優は自転車で帰宅途中に広い公園で泣いている六歳くらいの女の子を見つけた。

普段なら声をかけるのもためらう優であったが、女の子のすごく悲しそうな表情を見て思わず自転車を止めて歩み寄った。

聞くと女の子は最近自転車の補助輪を外したばかりで、毎日お母さんとここで練習しているらしい。

しかし今日は、怖がってばかりで一向に上達しない娘にお母さんは腹を立て、先に帰っていったようだ。


優は女の子に付き合って二時間ほど猛練習した。

今までで一番本気で人にものを教えた。

そのかいあって女の子は公園の中を自由に移動し止まることができるようになった。

中腰で女の子の自転車を押していて足腰に痛みの出た優は、公園のベンチに座って空を仰いだ。


「もう暗くなってきたから帰りな。家まで一緒に行こうか?」

女の子にそう話している時に母親が迎えにきた。

母親は不審者でも見るような目で優を睨みつけ、女の子の手を強引に引っ張って帰っていった。

優は少し切なくなったが、自転車に乗れるようにできた達成感がそれを上回った。



翌日、優は仕事が休みで公園へウォーキングをしに来ていた。

昨日自転車の乗り方を教えた女の子が、公園内の道を自転車でぐるぐると走り回っていた。

女の子は優の存在に気づくと嬉しそうに近づいてきて「坂道も走れるようになったよ!」と屈託のない笑顔を見せた。

「あの・・・・・・」と女性が一人近づいてきた。

女の子の母親だ。

「昨日は一緒に自転車の練習していただいたそうで、ありがとうございました」

「いえいえ、上手になりましたね。僕もいい運動になりました」


優は広い公園を早歩きで十周ほどしたあと、女の子の母親にも認めてもらったことで、何か清々しい気持ちになって帰路についた。 


それから一ヶ月ほど経った頃。

優の職場ではラインを止めて機械のメンテナンスが行われていた。

優と最近入った新人二人。

同じメンバーで前回失敗した仕事にリベンジする。

今までは先輩たちがやるか先輩に付いてやっていたが、今回は違っていた。

優は前回の失敗を分析し、不安要素を修正していた。

結果、荒削りではあるが作業は成功した。

それは何より優の自信になった。



優は仕事の帰り道、自転車をこぎながら思った。

駄菓子屋のおじいさんが伝えようとしてくれたこと、なんとなくだけど分かった気がする。

「いや、おじいさんはそこまで考えてないか」

「アハハ」と笑ったあと、疲労こんぱいのはずの優の表情は、夏バテなんて吹き飛びそうなほどいきいきと輝いていた。















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