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SS【再会の鏡】1889字


年の瀬に友人の所有する山荘へやってきたぼくは、懐かしい顔触れと再会した。高校の学生寮で同じ釜の飯を食べていた友人たちだ。

厳しい規則で縛られた寮生活。それに反抗するかのように消灯時間を過ぎてから誰かの部屋に集まり、隠し持っていたカップ麺を食べたり噂話に花を咲かせた。

怖い話をすることもあった。どれも作り話であったが、巧みな話術でみんなを怖がらせる者もいた。ぼくはといえば、みんなが白けるような話しかできず、一度でいいからみんなを心底震え上がらせたいと思っていた。


卒業して数年が過ぎた頃から年に一度のペースで、友人たち五人が山荘に集まっていたのは知っていた。

ぼくが参加するのは今年が初めてだ。よりによって大雪の日を選ぶのはどうかしている。

しかし結果的にそうなっただけで、みんなこの日のために予定を空けていて、今さら延期とはいかないのだろう。そこは雪国育ちの男たち。少し遅れる者はいたが皆集まった。

大きな暖炉のある部屋に各自持ち寄った食糧や飲み物をシェアしながら、それぞれの近況や山荘に呼ばなかった友人たちの話に花を咲かせた。

そろそろ寝ようかという時、一人が「怖い話をしよう」と言った。

すると別の誰かが「それならそこの壁に立て掛けてある大きな鏡を裏返すか、別の部屋に移動させてくれ。気味が悪い」と言った。

照明を暗くした部屋の中でぼくらの姿を映す鏡は少し気味が悪い。けれど雰囲気を盛り上げてくれるという結論になり、鏡は輪になって床に座るぼくたち六人を黒い影のように映していた。

ぼくはこんなことならとっておきの怖い話を考えておくべきだったと後悔した。しかし急に思いつくものでもなく、思いついたところでそれを伝えれないことは分かっていたので諦め聞き役に徹することにした。

しばらくして友人の一人が「そろそろ寝るわ」と言ったので、じゃあ最後にしようということになり、ぼくと一番仲の良かった友人が語り出した。


「ここでこんな話をするのは不謹慎かもしれないけど、ここだけの話ということで聞き流してくれ。みんな数年前に田中が首を吊って亡くなったのは知ってるよな?」


みんなが黙ってうなずく。


「俺は亡くなったことを最初に知って、あいつの葬儀にも出たんだ。みんなが知ったのは葬儀が済んでしばらくしてからだと思う。実は田中が亡くなる前日、俺は田中をこの山荘へ招待した。みんなも知ってると思うけど俺と田中は昔から特に仲が良かったこともあって、久しぶりに二人で飲もうってなったんだ。忙しいから無理だって言うあいつを強引に誘ったんだけど、あいつは人が変わったみたいに暗く無口になっていた。後からあいつの母親から聞いた話では仕事の人間関係に苦しんで鬱を患っていたらしい」


「そうだったのか? 亡くなる前日に会ってたのか」一人がそう言い、やるせない表情でため息をついた。


「でな、その田中が首を吊った場所なんだけど・・・・・・」


「どこ?」一人が食いつく。



「この部屋さ」



その場の空気が凍りついたのが分かった。薄暗い部屋の中、青ざめる者、顔を引きつらせる者、驚きのあまり悲鳴にも似た声を上げる者、ぼく以外の誰もが動揺しているのが見て取れた。


「驚かせて悪かった。だけどこれは本当だ。田中と二人でこの部屋で飲んでたんだけど、俺が別の部屋で寝ると言って部屋を出たのが間違いだった。朝ここに来るとあいつは冷たくなっていたよ。俺は後悔してるんだ。あの日、みんなも呼べばよかったと。今夜みたいにみんなでこの部屋で寝れば、あいつを一人にしなければあんなことにはならなかった」


「田中もお前も一人で抱えこんでいたんだな。でもお前のせいじゃないよ。田中だってそう思ってるさ」


「でな、本当はこの話、誰にも言うつもりはなかったんだ。言えば次からここで集まるのはやめようってなりそうだしな。だけどさっき、そこに立て掛けてある鏡を見て気持ちが変わった」


みんなが一斉に壁に立て掛けてある大きな鏡の方を見た。部屋が暗いせいでそれぞれの顔もよく見えない。


誰かが呟いた。


「あれ? 一人多くないか?」


ぼくは“鏡の中”でゆっくりと立ち上がった。

みんながそれを見て周りを確認するように見回している。

誰も立っていない。

鏡の中のぼく以外は。


「た、た、田中なのか?」


誰かが震えながら恐る恐る口を開いた。


ぼくは少しだけ嬉しかった。久しぶりにみんなに存在を認識してもらえたこと。それに一度でいいからみんなを心底震え上がらせたいという願いが叶ったからだ。


その後も自殺したぼくの魂は成仏することもなくこの世にとどまっている。そして年に一度だけ友人たちと再会する。

鏡にその姿を映して。



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