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SS【大食い面接官】
直人(なおと)は、ある思惑があってプラスチック容器製造工場の採用面接を受けに来ていた。
最近、直人自身が会社の事情で職を失ったこともあったが、一番の理由は、その会社の採用面接へ行ったあと行方をくらました親友の手がかりを得るためだった。
その日は会社まで親友を車で送っていって、帰りも送ってやるという約束で近くのスーパーの駐車場で待っていた。
しかし待てど暮らせど親友からの連絡は無く、携帯のバッテリーでも切れたのかと会社のすぐ横の川べりまで戻って待っていたが、親友が出てくることはなかった。
それどころか、その日からまったく連絡がつかなくなったのだ。
午後三時頃、面接に来た直人が部屋で待っていると、テーブルの下に何かが落ちているのが見えた。
よく見ると血が付いている。
驚くことにそれは人間の耳だった。
直人は顔から血の気が引いた。
何かの間違いだろうと、もう一度、今度は近づいて確認しようとした時、四十代くらいの大柄な女が入ってきた。
「どうも。お待たせしました。人事担当の増山(ますやま)です」
増山はそう言ってテーブルを挟んだ目の前のソファーに腰掛けた。
直人は増山がこちらから見えないように扉の鍵をかけたのを見逃さなかった。
増山は自分も最近この会社に来たばかりだと言った。
直人が行方不明になった親友の話をすると、増山はやや表情を曇らせて、自分が面接を担当するようになってから五人の新人が面接にやってきたと言い、そのうちの三人は不採用、一人は採用が決まったものの出社せず。もう一人は今日の午前中に面接を受けに来ていたが、思っていた環境と違うと言い辞退していったらしい。
直人は増山から気づかれないようにウエストポーチからそっとナイフを取り出して太ももの上に置いた。
その様子を察知したのか増山の目が一瞬、黒くよどんだ。
増山はあくびでもするかのようにゆっくりと大きく口を開いた。
開いた口はさらにどんどん広がり耳元まで裂けた。
それから首が伸び始めた。
気がつけば増山の手は猛禽類(もうきんるい)のような鋭い爪が生え、色もどす黒く変色している。
直人は心底恐ろしかったが悲鳴は上げなかった。
もしそうすれば、今までの犠牲者と同じ運命をたどる気がしたからだ。
直人は走って壁に体当たりした。
テーブルにぶつかり、テーブルの上のお茶がこぼれた。
こぼれたお茶は増山の方へ流れていき、増山は大げさにのけぞった。
音を聞きつけ壁の向こうの事務所から誰かがやってきた。
「どうした?」っと言う声と扉を開けようとする音が聞こえる。
人事担当に化けた増山は窓ガラスを破って跳ねるように消えていった。
ドアを蹴やぶり入ってきた中年の男は、心配そうに慌てた様子で「大丈夫ですか? 何があったんですか?」と聞いてきた。
「ええ、ちょっとこっちも何が何だかなんですけど、まあ、ありのまま説明しますね」と直人はとりあえず落ち着こうという感じでソファーにゆっくりと腰掛けた。
一人、また一人と事務所の方からギャラリーが集まってきた。
直人は表情をこわばらせた。
ギャラリーの中に人事担当の増山が何事もなかったかのように戻ってきている。
その姿はすでに人間へと戻っている。
直人はギャラリーを見て戦慄が走った。
ギャラリーの中の数人がポカンと口を開けている。首がじょじょに伸び始め、口は耳元まで裂けたあと、今度は縦にも裂け始め顔全体まで広がった。
直人はナイフを握り、割れた窓から飛び出して会社のすぐ横を流れる川へ飛び込んだ。
俊敏な動きで跳ねるように迫ってくる数体の異形の者たち。
直人は川の流れに身を任せ、会社から離れていった。
直人は助かった。
理由はわからないが奴らは水を嫌うらしい。
直人はそれからしばらくして、その会社が倒産したことを知った。
理由は、ある日を境に事務所の人間が全員失踪したからだと、会社の近くに住んでいる人に聞いた。
直人は親友の墓前でそのことを報告したあと、その場で座り込んだ。
そしてウエストポーチの中に手を入れ、ナイフを強く握りしめて泣いた。
その様子を少し離れた墓の影から増山が黒くよどんだ目でジッと見ていた。
終
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