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SS【真夜中の巡回で見たもの】


定年を迎え、これといった趣味もない私は、最近できたばかりの美術館で働くことにした。

たいした給料も貰えないが、身体の負担も少なく人間関係に悩むような環境ではない。だから私には合っていた。


ただ最近気がかりなことがある。

美術館から半径三キロ圏内で殺人事件が起きたのだ。

私は人気の無い夜の警備も任されていたので不安があった。

暗く誰も居ない館内をライト片手に巡回する。それ以外は警備員専用の部屋で、無数にある監視カメラの映像をチェックする。


私が美術館で働くようになって三ヶ月が過ぎる頃、殺人事件の犯人は捕まるどころか犠牲者は六人にもなった。

ある者は首を絞められ、ある者は鈍器で殴られ、またある者は鋭利な刃物で刺され死んでいった。それ以外にも階段から突き落とされたり、橋の上から川に突き落とされる者もいた。

犯行時間が夜だったこともあってか、犯人の姿を目撃した者はいない。


ある日の夜、全部で四回ある巡回のうちの三回目を済ませ、私が仮眠を取ろうかと簡易ベットで横になると、「ガタッ」という微かな物音が聞こえた。

私は無数にある映像を確認したが特に変わった様子は無い。

明るくなってから館内を念入りに巡回すると、壁に展示された一枚の絵が傾いている。私は手で修正しながら不思議に思った。絵は三十度ほど傾いていて、私は隅から隅まで細かく見ている訳ではないものの、これだけ傾いていれば最初に巡回した時に気づきそうなものだ。

その絵は「見えない悪魔の棲家」というタイトルで、アンティーク調の家具が並ぶ狭く薄暗い部屋。その部屋のベッドに座る、全身を包帯で巻かれた人が描かれた不気味な雰囲気の漂う絵だった。



夕方になり、またもや犠牲者が出たというニュースがあった。

その晩も夜勤だった私は、怖くなって最初と最後の巡回だけにすることにした。代わりにいつもより監視カメラの映像を見ていた。

私は例の傾いていた絵が気になっていて、その絵の映る映像を見る回数が意識的に多くなっていたが変わった様子は無い。


それから一ヶ月くらいは何事もなく過ぎた。


しかしある日、私は夜中に館内を巡回していた時、恐ろしいことに気づいてしまった。

普段、作品をライトで照らすことはあまりないが、例の絵が気になっていた私は、なんとなくライトを向けてしまった。


いつもこの絵を見ていない人なら気づくこともなかっただろう。

だが、どんな絵か知っていた私にとっては、腰が抜けるほどの恐怖を感じた。


ベッドの上に座っていたはずの全身に包帯を巻いた人。今私の目に映っているのはベッドの上に無造作に置かれた包帯だけ。絵の中の人が消えていたのだ。


その時、誰も居ないはずの館内で、背後から何者かが近づいてくる足音が聞こえた。

私には分かった。ライトを照らして周囲を見渡しても誰も居ない。だけど私のすぐ近くに誰かが立っていると。



翌日、美術館で絞殺死体が発見されたというニュースが流れた。


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