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SS【宇宙エレベーター】


ぼくは今、家族四人で地上と宇宙を行き来する宇宙エレベーターに乗っている。

料金一人百万円はもの凄い出費だ。ぼくの口座から四百万円という大金が消えた。

しかしこれを逃したら二度と宇宙へ行くチャンスは無いだろう。


ぼくの目の前で宇宙エレベーターロボットが簡単な説明をしている。

それによると、地球の赤道上空、高度約3万6000kmは、静止軌道と呼ばれていて、この軌道では地球の内側へと引っ張られる重力と外側に飛び出そうとする遠心力がちょうど釣り合っているらしい。この軌道を回る衛星を静止衛星というそうだ。

静止軌道に衛星を打ち上げ、その衛星から地上へ向けてケーブルを伸ばす。ケーブルを下げた分だけ、地球側の方が重くなるので、それに釣り合うように宇宙側にもケーブルを同じ分だけ伸ばしてバランスを取る。両方向のケーブルを段階を踏みながら長くし、宇宙と地上にあるターミナルに到達させたようだ。

ケーブルは軽くて柔軟性もあり丈夫、おまけに熱にも強いカーボンナノチューブが使用されているという。


窓から渡り鳥に別れを告げ、宇宙エレベーターは雲を抜けた。


富裕層が使う四百万円と、庶民のぼくが使う四百万円とでは重みがまるで違う。

宇宙エレベーターはまるで地球に重力など存在しないかのように上昇を続けるが、ぼくの心には出費が重くのしかかっていた。

それもこれも奥さんが、生きているうちにどうしても家族で宇宙に行きたいと言ったからだ。

それも毎日のように。

貯金はそんなになかったが、長年続けている積み立て投資があるから、最近もらい始めたばかりの頼りない年金でも老後はなんとかなるだろう。


突如エレベーターの中が真っ暗になった。まだ宇宙から青い地球を拝めていないというのに。

それどころか酸素が足りないのか息苦しくなり意識が遠のいていく。


次の瞬間、暗闇の中で誰かの声が聞こえてきた。


「そっとだぞ!! せーーの!!」


「おとーさん!! しっかり!!」


ぼくは何やら気持ち悪くなって急に吐いた。

大量の水を吐いた。


「おえっ、ゴホゴホ」


「よし!! 意識が戻った。救急車に運ぼう」


大変なことになったようだ。宇宙エレベーターが事故で海に落ちた?

辺りを見渡すと娘が心配そうに見ている。


「大丈夫か? お母さんは?」


「お母さんは家だよ」


「エレベーターは落ちたのか?」


「何言ってるの? 酔っ払って川に落ちたんでしょ!!」


ぼくは愕然とした。

救急隊員はどこか痛い所はないですか? とか、頭は打たれましたか? などと聞いてくる。

ぼくは答えた。


「いえ大丈夫です。とにかく事故じゃなくてよかったです」


救急隊員の話では、どうやら宇宙エレベーターはまだできていないようだ。

ぼくはその夜、銀行口座に四百万円があることを確認し安心して眠りについた。


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