SS【正体不明】
誠(まこと)は確かに見た。
昨夜、社宅二階の窓から真っ赤に光る火球が近くの廃ビルの屋上に落ちるのを。
空は赤く輝き、誠にとってはこの世の終わりかと思えるほどの迫力で目の前を飛んでいった。
誠は興奮しすぎて飲みかけだった栄養ドリンクの瓶を握りしめたまま急ぎ足で廃ビルへ向かった。
ポケットにはライトとスマホ。
廃ビルの前は普段からよく通っていたが、中に入るのは初めてだ。
入り口の扉は人が入らないようにチェーンがかけてある。
扉のガラスが無惨に破られていたおかげで身体をくぐらせる隙間はあった。
ホコリっぽくて、物が散乱する足場の悪い建物の中を、ライトを照らしながら恐る恐る進む。
すぐに階段が見つかった。
すべて昇りきり、赤いスプレーでheaven(天国)と落書きされた扉を開けて屋上に出た。
建物内とは一変して屋上はすっきりとしている。
見る限り火球によるダメージなんてなさそうだ。
地上に到達する前に燃え尽きてしまったのか、見渡しても落下物は見当たらない。
肩を落とした誠は念のためライトで照らしながらぐるっと一周してみたが、屋上の床は綺麗なもので、期待するようなものは見つからなかった。
誠が諦めて戻ろうとした時、左足の靴の裏に何か違和感を感じた。
見ると親指の先くらいの大きさの、黒くグニャッとしたアメーバ状のものがはりついている。
指で触るとプニプニと柔らかい。
正体不明の物体は誠の体重につぶされ平べったくなっていた。
火球とともに宇宙から降ってきたのかもしれない。
誠は栄養ドリンクの中に物体を入れてフタをした。
廃ビルの階段を降りている途中、栄養ドリンクが少し残っていたことを思い出し、瓶をライトで照らした。
すると瓶の中に液体は無く、先ほど入れた小さな物体が瓶の底にはりついているだけだった。
誠は社宅へ帰り瓶をテーブルの上に置いた。
その日は疲れがたまっていたのか、あっという間に眠りに落ちた。
翌日、朝八時にセットしてあった目覚ましを無意識のうちに止め、仕事が午後からということもあってお昼近くになってやっと起きてきた。
スマホで地元のニュースを確認すると、昨夜の火球の記事がのっている。
目撃された火球は全部で三つ。三つとも地上へ到達する前に燃え尽きたと書いてあった。
誠はテーブル上の瓶を見た。
昨日入れたはずの物が無い・・・・・・。
「フタが閉まっている瓶から物体が消えた?」
誠は瓶のフタを開けると中は空。
誠は唖然として部屋の中を見渡した。
次の瞬間、誠は声を上げた。
物体はフタの裏に居た。
しかも生き物のようにうごめいている。
誠は正体不明の物体が生き物であることに気づいた。
瓶のフタを閉めようとすると、物体はピョーンと飛んで部屋の壁にはりついた。
そのあとも部屋中を飛び回り、ついには見失ってしまった。
いくら探しても見つからない。
気がつけば出勤時間で、誠は仕事を休んででも探したかったが、職場が人手不足なこともあってやむなく家を出た。
翌日、職場の同僚から連絡が入った。
昨日、誠と一緒に働いていたK君が、帰宅後に自宅で倒れ、すぐに病院へ運ばれたが亡くなったらしい。
それから一週間くらいして、K君の体内は空っぽになっていたとの噂が流れる。
いったいどんな病気だよと、みんなが不安がっている中、誠だけは一つ心当たりがあった。
誠はあれから例の物体を見ていない。
あの日、職場へ向かった時、奴がついてきていたのでは?
そんな疑いをぬぐいされなかった。
それからさらに数週間後。
ついに恐れていたことが起きた。
人々が正体不明のアメーバ状の生き物に次々と襲われているというニュースが流れた。
誠は、あの時、自分が不用意に持ち帰らねばこんな大事にはならなかったのではと落ち込んだ。
少なくとも誠が発見した時には人間を襲うような活発な動きは見せていなかった。
誠は廃ビルの階段を降りている時に見た、残っていたはずの栄養ドリンクの中身が消えていたことを思い出した。
ニュースでは例の正体不明の生き物が人間を襲い、消化吸収しながら、さらにその大きさを増していると伝えている。
テレビに映る奴は、すでに物置くらいにまで大きく成長していた。
ネットでは某国から持ち込まれた生物兵器ではと噂されていた。
正体不明の生き物を始末するために誠の住む町に避難命令が出され、町中に軍隊が投入された。
しかし、危険を察知したのか、正体不明の生き物は地下水路へ逃げ込み、川を下り海に出た。
それから数年、何事もなく過ぎた。
人々が正体不明の生き物のことなど、記憶から薄れてきた頃。
ある衝撃的なニュースが世界中を走った。
日本より遥か南の観光地として有名なビーチで、多くの人々がとてつもなく大きく成長した例の生物に呑み込まれたのだ。
奴は海の生物を捕食しながらどこまでもどこまでも大きくなっていた。
海軍の魚雷をものともせず、ダメージを負っても再生、融合、吸収を繰り返しながら、いつの間にか奴は海の支配者となっていた。
次に奴が陸上に現れた時、人類の生き残りをかけた戦争になるだろう。
奴もそれが分かっているのか、世界中の海を移動しながら成長し続けていた。
審判の日はそう遠くないのかもしれない。
あの日、あの場所へ行かなければ・・・・・・。
あの時、瓶のフタを開けなければ・・・・・・。
誠は悔やんでも悔やみきれなかった。
終
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