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SS【忘れっぽい男】


ぼくはとにかく忘れっぽい。

何か一つのことに意識が向くと、先に考えていたことが一つ飛ぶ。

たとえば靴下を片方だけ履いたまま、もう片方の靴下を探す。

ある時は一階へ洗濯物を取りに行き、部屋に戻ると手に持っていたのはコップに注がれたカフェオレ。開けたのは洗濯機の蓋ではなく、冷蔵庫の扉だった。

またある時はスーパーへ自転車で買い物に出かけ、帰りは両手に荷物をぶら下げ徒歩で帰った。

昨日は慌てて店員のお姉さんが追いかけてきたので、「一体何をそんなに慌てているのだろう?」と不思議に思っていたら、レジに買ったものを忘れていた。買い物に来たのか寄付しにきたのか分からない。


そんな忘れっぽいぼくが今日、今年一番の失敗をした。

今日は結婚記念日。

毎年この日は普段行かないような少し豪華な外食をしている。

恒例の行事になっていて、ぼくの中では今年の記念日は焼肉と決めていた。

確かに今、少しお高い焼肉屋で食事をしている。

よく焼いたホルモンと上カルビで白飯がよく進む。

しかし、隣の席に座っていた若いカップルを見て気づいてしまった。


奥さんを忘れてきている・・・・・・。


昨夜からおいしい焼き肉で頭の中がいっぱいになっていた。

潜在意識の中に、一人で行けば二人分食べれるという思いでもあったのかもしれない。


帰宅すると玄関に奥さんが立っていた。

その表情は明らかに怒りに満ちあふれている。

昔、お寺で見た仁王様がそこにいた。


ぼくは恐怖のあまり反射的に謝った。


「ごめん!! カナ」



ぼくは自分の発した言葉に青ざめた。

カナは前の奥さんの名前である。


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