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SS【マナちゃんの家出】

ある寒い冬の日、五歳の女の子マナちゃんが家出した。

二歳になる妹のカナちゃんと一緒におやつのベビーカステラを食べていたとき、先に食べ終わったマナちゃんはカナちゃんの分まで一個食べてしまった。


それを見たカナちゃんは大泣き。

その様子を少し離れたところで見ていたパパはマナちゃんを叱った。

マナちゃんは皿がどちらも自分用の皿だから自分が食べてもいいと反論して、よけいにパパに叱られた。

皿は元々どちらもマナちゃん専用の皿で、ここ最近になってカナちゃんも使うようになったのだ。


納得のいかなかったマナちゃんはプンプン怒って、パジャマのまま玄関で長靴をはき、戸を力いっぱい開き、家を飛び出した。

空は一面、灰色の雲におおわれ、今にも泣き出しそうだ。


マナちゃんはクリーニング屋の前を駆け抜けT字路へ差し掛かる。

左右を確認して公園のある右へ曲がった。

いつもの散歩コースだ。


曲がる瞬間、来た道の方にフードをかぶり、大きな何かを抱えた大人が歩いてくるのが見えた。

顔までは見えない。

腕には赤い傘を引っかけているようだ。


マナちゃんは公園の前まで来ると、近所のママに話しかけられた。

「あらマナちゃん。ママは?」

「お仕事」

「パパは?」

「家」

「一人で来たの?」

「うん」


マナちゃんは駆け足で公園の中へ入っていった。

寒くて誰も遊んでいない。

公園内の道をハーフパンツでせっせと早歩きする知らない白髪頭のおじいさんがいた。

おじいさんはすれ違う時、この寒い中小さな子が一人でいることに不思議に思ったのか、一瞬「ん?」という表情をして辺りを見渡したあと、何事も無かったかのように通り過ぎた。


マナちゃんはしばらくの間、冷えきった砂場の冷たい砂で工事をしたあと、砂場のすぐ横にある水道の蛇口をひねり水を出そうとした。

手が冷たくて力が入らないのか、蛇口がかたいのか、なかなかうまくひねれない。

少しねばってなんとかひねり、水は出てきた。

手を洗いながら今にも凍りそうな冷たい水に、マナちゃんは眉間にシワを寄せた。


マナちゃんが周囲を見渡すと、公園で一番大きなタブノキの太い幹の陰に、真っ赤な傘を持った大男の姿が見えた。

パパよりもずっと大きい。


マナちゃんは怖くなってすべり台の方へ走った。

その時、ポツポツっと急に空が泣き始めた。


すべり台は屋根があり、中がはっきり見えない半透明の壁のある通路があって、マナちゃんはその中に隠れた。

ここなら雨もしのげるし、知らない誰かが近づいてきてもすべり台をすべって逃げることができる。

賢いマナちゃんはそう思ったようだ。


半透明な壁の向こうから誰かが近づいてくるのが見えた。

マナちゃんは怖くなったのか、いつでもすべって逃げれるように身をかがめたまま踊り場まで移動した。

息を潜めて誰かが階段からのぼって来ないか全神経を集中して警戒した。

ふりだした雨のせいで足音がハッキリと聞こえない。


すると突然! 階段の方からではなく、すべりおりる方から誰かがのぼってきた。

途中、足を滑らせながらも両手でつかまり、ちょっとずつのぼってくる。


マナちゃんは怖くて思わず目をつむった。

のぼれなかったのか、シュー! とすべりおりる音が聞こえる。


マナちゃんはそっとまぶたを開けて恐る恐るすべり台の下を見た。

小さな女の子が立っている。

女の子はマナちゃんの方を見て叫んだ。


「居た! お姉ちゃん居た!」

「居たねーー マナちゃんおりてきて! そんな所にいたら風邪ひくよ!」


パパと妹のカナちゃんが心配そうに見つめていた。


マナちゃんとカナちゃんはパパに抱っこされながら帰路についた。

パパは肩におでこを乗せるマナちゃんに小さな声で「ごめんね」と言った。

マナちゃんは「いいよ」とこたえた。

パパの手にはマナちゃんの赤い傘もぶら下がっている。


夕方になり、マナちゃんは仕事から帰ってきたママに一人で公園へ出かけたことと、公園のタブノキに巨人が住んでいる話をした。

ママが「そんな大きな人居たの?」と言うと、横で聞いていたパパは笑いながら言った。

「それはカナを肩車した僕だよ」


マナちゃんは一生懸命ママに説明した。

木の陰に隠れた巨人が、マナちゃんと同じ色の赤い傘を持っていて、もう少し帰るのが遅かったらみんな巨人に食べられていたかもしれないと。


それを聞いたパパとママは大笑いした。

それからママは言った。

「じゃあもう家出はできないね」と。


パパが「今日は外に食べに行こうか」というと、一瞬、マナちゃんはカナちゃんと目を合わせたあと、カナちゃんをギュッとして「やったね!」と嬉しそうに言った。




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