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SS【出口の無い迷路】


小学三年生の夏休みになると新しい父親がやってきた。

私の本当のお父さんは塩分の多い食べものが大好きで、ラーメンスープはいつも最後の一滴まで飲み干していた。

そんな食生活のせいか、いつも喉が渇いていて、ある時突然倒れて帰らぬ人となった。


私にとっては入れ替わるようにやってきた赤の他人である新しい父を、すぐに受け入れることができるはずもない。

しかし、そんな私の態度が気に入らなかったのか、新しい父は私に暴言を吐いたり暴力を振るったりした。

一番悲しかったのは、一年生の時にお父さんが買ってくれた大きな迷路の本にイタズラされたこと。新しい父は、最後のページの一番難しい迷路のスタートとゴールを黒マジックで塗りつぶした。

何事も俺の許可なしではスタートすることもゴールにたどり着くことも認めないと言わんばかりに。

何よりお父さんのことを否定されたような気がして悲しかった。



新しい父の車は新しくなり、毎日浴びるようにお酒を飲むが、私のためにはいっさいお金を使わず、学校のバザーで他の親子がお買い物を楽しむ中、私は一年生の弟を一人学校に残したまま一人で泣きながら公園へ向かったこともあった。

最近はずっと味方だったお母さんさえも、まるで通りすがりの赤の他人のように冷たい。



そんなある日、私は玄関に一匹のコウモリが倒れているのを見つけた。

私は冷凍室から氷を一つ持ってきて、倒れているコウモリの口近くに置いて部屋に戻った。

うだるような暑さの中、冷房はおろか扇風機も無い私の部屋の窓は全開で、どこかのイベントでもらったウチワは、ほんの少しだけ私の体温を下げてくれる。

しばらくして玄関を見にいくと、氷はかなり小さくなっていた。座ってあちらこちら見渡してもコウモリの姿は無い。

立ち上がると私の視界に、玄関の天井から逆さまにぶら下がるコウモリが映った。

私はコウモリが水を飲んでくれたのかもしれないと思った。

少し嬉しくなって部屋に戻ろうとした時、背後から私を呼ぶ声がした。

しかし振り返っても、そこにいるのはコウモリだけ。

私がコウモリをジッと見ていると、また声が聞こえた。

今度ははっきりと分かった。


コウモリが私の心の中に話しかけている。


なんと、コウモリは水をもらったお返しがしたいと言う。


そこにタイミング悪く、新しい父が帰ってきた。外で嫌なことがあったのか、いつもより機嫌の悪い顔をしている。私は心の中で強く叫んだ。



翌日からお母さんと私と弟だけの生活に戻った。

お母さんは最初は動揺していたが、少しずつお父さんが生きていた頃のような私たちの味方に戻った。


あれからコウモリの姿は見ていない。


コウモリが何者だったのかも今となっては謎である。

通りすがりの悪魔だったのかもしれない。


ただ分かっているのは、あの時私は、新しい父を出口の無い迷路に閉じこめてほしいと心の中で強く叫んだことと、それ以降、新しい父が行方不明になったということ。


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