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SS【次元の狭間鉄道】


街が雪に覆われ白一色となった師走のある日、私は実家に帰省するため二番ホームから新大阪行きの特急に乗り込んだ。

年末が近いこともあり、ホームにも停車した電車の窓にも多くの人の姿があった。

しかし、いざ扉が開き乗り込むと、車内はガランとして人の姿は無い。

しかも私が乗り込むとすぐに扉は閉まり、電車はガタンゴトンと音を立てて走り出した。

ホームも時刻も間違ってはいなかった。



私は一番後ろの車両まで移動してみたが、パンダの着ぐるみを着た人が一人座っているだけだった。

今度は一番前まで移動してみた。

前の方も同じで人の気配は無い。

よく見ると運転室にも人の姿は無い。

「この電車はいつから自動運転になったのだろうか?」

運転手は居ないが、電車は一定の速度で安定した走りを見せている。


「どうい訳か分からないが、この電車には私とパンダしか乗っていないらしい」

車内が古く、電車の走る音や振動もいつもより大きい。速度も遅く感じる。


私はしばらく座って考えていたが、意を決して一番後ろの車両に座っていたパンダに聞きに行った。

パンダはイビキをかいて寝ている。

「すいません。ちょっとお聞きしたいんですけど」

パンダは眠そうな目をこすって私を見ると、驚いた様子で大きくのけぞった。

「フガァ!!」

確かにそう言った。

「あの、すいません。ちょっといいですか?」

「き、君は誰かな?」

パンダはオッサンのようだ。

「この電車はどこ行きですか? 乗ったら人が居ないし、私、乗る電車間違えたのかなと」

パンダはこちらを見て、しばしの沈黙のあと答えた。

「この電車はどこへも向かってない。昔からずっと次元の狭間を走り続けてるよ。君は迷いこんだみたいだね」

「え? どういうことですか? 私はただ新大阪駅行きの特急に乗っただけなんですけど」

「うん、だろうね。偶然に偶然が重なり、それこそ数十年に一度あるかないかくらいの確率で、電車に乗りこんだ瞬間に意図せずこの電車に乗ってしまうことはある。君のようにね」

「乗り換えるにはどうしたらいいですかね」

「この電車を停めれば元のホームに帰れると思うけど、そのためにはこの電車の意識の中に入る必要がある」

「どうすれば?」

「運転室に入るんだ。そうすればここの主との意思の疎通が図れるかもしれない。ただ、電車を停車させることは、この電車の終焉を意味することになるから簡単にはいかないだろう」

「え? そうなんですか? あの、あなたはなぜここに?」

「ぼくは次元の狭間の旅人さ。こういう特殊な空間を見つけては癒されてる」

「じゃああなたがここを出る時にご一緒させて下さい」

「そうか、君は早く出たそうだし行くとするか」


私はパンダと一緒に運転室に入った。

すると周囲の空間が歪み始め、意識は遠くなっていく。


パンダが私の意識に語りかけてきた。

「ぼくはこの電車を死に場所にしようと思っていたんだ。大量の睡眠薬を飲んでね。そこに君が偶然現れた。この電車は乗り込んだら二度と降りられない。降りたければあいつの息の根を止めるしかない。これも何かの縁だ。ぼくにやれるだけのことはやるよ」


私がまぶたを開くと、目の前の宇宙空間らしき場所に一人の男が立っていた。

黒いローブと三角帽子を装備した、まるで魔法使いのような出立だ。

男は先端に丸い黒曜石の付いた杖を握っている。

黒曜石を掴む手のようなデザインだ。

自分は風を操る魔法使いで、正面にいるのはキマイラと呼ばれる怪物だと男は言った。

ライオンの頭に山羊の胴体、尾は蛇で、口から灼熱の炎を吐く怪物と風を操る男は、三日三晩戦い続けた。


数日後、私のお正月休みは終わった。ほとんどを実家ではなく、次元の狭間で過ごしたけど、あの人には感謝している。見ず知らずの私を、あの片道切符の電車から命がけで解放してくれたのだ。

私の初夢に出てきた男はこう言った。

「ぼくはキマイラとの死闘で相討ちになり命を落とした。でも君が来なければぼくは自殺し、死後も闇を彷徨っていただろう。君が来たから天国へ行ける」


私が目覚めると枕が涙で濡れていた。


「ありがとう」

それは、初夢から覚めた私が最初に発した言葉だった。


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