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SS【夢のレストラン】

生前、数え切れないほどの窃盗をくり返し、犯行現場ではち合わせた人を殺めたこともある男。

男は刑期をまっとうすることなく流行り病であっけなくこの世を去った。


あの世の案内人に導かれ、今後の行き先を決めるエレベーターへと足を踏み入れる男。


男はエレベーターに乗り込む直前、案内人のいかつい大男と身体がぶつかった。

大男は何事もなかったかのように落ち着いた口調で言った。

「エレベーターは人によって行き先が違う。あんたがどの世界に行くかは生前の行いしだいだ。だいたい想像はつくがな。まずは住み込みで働ける所を探すといい。さあ行け!」


男が乗り込むと扉はかってに閉まり下へと動き始めた。

すぐに落下するかのような速さになって、男は恐怖で顔をこわばらした。

エレベーターが止まり扉が開くと、生前となんら変わらぬ景色が広がっていた。

そこにはマンションや会社などの建物が建ち並び道路が走っていたのだ。


男はすでに肉体が無いというのに、なぜかひどく腹が減っていた。

空腹を満たせる店を探してしばらく歩くと、夢のレストランと書かれた看板が見えてきた。


男はニヤリとした。

手癖の悪い男は先ほど、案内人の大男から財布を盗んでいたのだ。

大男の財布には紙幣がぎっしりと収まっている。


店に入ると店内は薄暗く、二十代くらいの長身で細身の女が席まで男を案内した。

メニュー表を差し出す女の腕は、鋭利な刃物によるものであろう無数の傷あとがあった。

「お決まりになられましたらそちらのベルを鳴らしてください」

感情の無い冷めた声でそう言うと、女は店の奥へ引っ込んでいった。


男はメニュー表を開いて驚きの表情を浮かべた。

それもそのはず、そこには人の名前がフルネームでびっしりと書かれていた。

それ以外は何も書かれていない。

名前はカタカナで書かれ、横には値段も書いてあった。

一番安いもので五百円。一番高いもので六万円の値段がついていた。


男は眉間にシワを寄せていぶかしい表情を見せた。

男はベルを鳴らし店員を呼んだ。

すると先ほどの女が戻ってきた。


「はい」

「ここは何を売ってる店なんだ? ここに書かれた人の名前はなんだ?」

「お客様が生前に関わられた方々の名前でございます。当店では生前に関わられた方の夢を見ることができます」


「この値段の差はなんだ? 何が違う?」

「お客様が相手の方に強い影響を与えられているほどお高くなります」


男はふたたびいぶかしげに眉間にシワを寄せた。

なぜならメニュー表に書かれた名前をほとんど知らなかったからだ。

親や古い友人の名前も書かれていたが、それ以外はまったく覚えていなかった。


男は店員の女を待たせたま、考え始めた。

少ししてメニュー表の中から、アサミヤ サキと書かれた名前を指さして、「よし、じゃあ一番高いこの六万のやつで!」と言った。


「ありがとうございます。すぐにご用意いたしますので少々お待ちください」

そう言い残して店の奥へと消えていった。


一分もしないうちに紫色の液体の入ったワイングラスを持って女が戻ってきた。

「一気に飲み干したあと、まぶたを閉じてお待ちください」


男は女の言われた通り、得体の知れない紫色の飲み物を一気に飲み干したあと、まぶたを閉じた。



男はすでに夢の中にいた。

自分が死んだことも、夢のレストランで紫色の飲み物を一気に飲み干したことも忘れていた。


男手一つで育ててきた大切な娘。

そんな娘と数日も会わないのは久しぶりだ。

辺りが薄暗くなり始めた十一月のある日の夕方。

修学旅行で沖縄へ行っていた高校生の娘が数日ぶりに帰ってくる。

学校にバスが到着する頃、男は寿司屋へ車を走らせていた。

特別な日はカレーか寿司と決まっている。

道は空いていたが、週末ということもあって男の思っていた以上に店は混雑し、待ち時間が長かった。


結局一時間以上待って、娘の帰宅時間には間に合わなかった。

男が寿司を買って帰ってくると、すでに玄関に娘の靴が並べてある。

扉を閉めたあと、男は違和感を感じた。

風が吹いている。

この寒さの中、窓を開けた覚えのない男は不思議そうにキッチンへ入った。


男はキッチンの光景を見て一気に血の気が引いた。

床に娘がうつ伏せで倒れ、床は血の海になっている。

その横には倒れたキャリーケース。

ベランダの窓ガラスは破られ、カーテンが風で揺れていた。

叫ぶ男の声も虚しく、娘はすでに亡くなっていた。


後日分かったのは、同じアパートの上の階に住む男が窃盗目的で侵入し、たまたまはち合わせた娘を滅多刺しにしたらしい。

男は来る日も来る日も泣いた。

娘の葬儀をしめやかに行い、もはや涙も枯れようかという頃。娘を失った悲しみと犯人への憎悪で心を深く病み、絶望の中、後を追うように睡眠薬を大量に飲んで橋から身を投げた。

水面に叩きつけられた衝撃は意識を遠のかせることも、さらなる苦しみを与えるわけでもなく、男を夢から呼び戻した。


男はかつて窃盗に入った時に、はち合わせて殺めた女子高生の母親であるアサミヤ サキの苦しみを、夢という形で体験したのだ。

男は気分が悪くなり、お金を払って足早に店をあとにした。


帰り際、「またのお越しをお待ちしています」と声をかけた女に対し、「二度と来るか!」とドアを乱暴に叩きつけるように閉めていった。


女はグラスを片付けながらボソッとこう言った。

「愚かね。悪夢を創ったのも選んだのも自分だというのに。ここは地獄の入り口に立つ夢のレストランよ」









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