SS【まちがい電話】


「プルプルプル」

美咲(みさき)の携帯が鳴って、すぐに止まった。

履歴には知らない番号が表示されている。

番号を検索してみたが相手は分からなかった。

まちがい電話だろうか。


数分後、また同じ番号からかかってきた。

「プルプルプルプルプル」

今度はさっきより長い。

美咲は知らない番号には出ない。

番号検索して自分に利益のない相手だと予想できる時は、すぐにブロックしてしまう。


「プルプルプルプルプル プルプルプルプルプル」

数分後、ふたたびかかってきた。

今度はしばらく鳴り続けた。


その時はいつもと違い、違和感を感じなかった。あるいは違和感以外の何かを感じとったのかもしれない。

美咲は電話に出た。

「はい」


「もしもし・・・おじいちゃん?」


小さな女の子の声だった。

まだ幼児くらいだろうか。


「ごめんね。おじいちゃんじゃないよ。番号まちがえたみたいだね」

美咲がそう言うと電話は切れた。


数分後。またかかってきた。

「はい」

「あれ? おじいちゃんじゃない」

女の子はなぜか涙声になっている。


「どうしたの? 番号わからないの? お母さんかお父さんに聞いてみて」

「お父さんはお仕事」

「うんうん、そうなんだ。じゃあお母さんは?」

すると数秒の沈黙のあと、女の子は答えた。

「お母さんは冷蔵庫の中」

「え?」

「おじさんは大きなキャリーバッグ探してるんだって。私が入るくらいの」

「私の名前は美咲! あなたのお名前はなんていうの?」

「一葉(かずは)だよ! 樋口一葉」

「ねえ一葉ちゃん。一回電話切って五分くらいしたらもう一回電話かけてきてくれる?」

「うん。わかった」


美咲は電話を切ると、女の子の家の電話番号と女の子の名前、そして女の子とその家族が犯罪に巻き込まれているかもしれないことを警察へ通報した。

美咲はパソコンで女の子の名前で検索してみたが、予想通り例の有名人ばかりヒットした。読み方は違えど、あの歴史的有名人と同じ名前だからだ。

かかってきた市外局番から察するに同じ市に住んでいるようだ。


ふたたび女の子から電話がかかってきた。今度は呼び出し音が鳴った瞬間に出た。

「一葉ちゃん?」

「うん」

「一葉ちゃんは保育所か幼稚園に行っているの?」

「うん、バスで行ってるよ」

「なんていう名前かな?」

「〇〇幼稚園」

美咲の家からそんなに遠くはなかった。

美咲は携帯にイヤホンをセットして自転車で家を飛び出した。

「じゃあ家のすぐ近くに何がある? 公園とかお店はある?」

「う〜ん。一葉の家のね、すぐ裏が〇〇幼稚園。おじさんが来た」

そう言って電話は切れた。


男が大きなキャリーバッグをガラガラ音を立てながら引きずって家から出てきた。

美咲は自転車を降りて表札を確認した。

表札には樋口の文字。

「すいません!」

もう還暦は近いと思われる顎と頬に白髭をたくわえた男が、眉間にシワを寄せて美咲を睨みつけた。

「そのバッグの中身はなんですか?」

「ああ? お前になんの関係があるんだ?」

美咲の声に反応するようにバックの中から「バンバン」と叩くような音がした。

「一葉ちゃん! 大丈夫!? 私よ!美咲!」

今度はバックが大きく揺れた。


「どうかしたの?」

近所のおばさんが声をかけてきた。

「警察呼んでください! あのバッグの中に一葉ちゃんが」

美咲はそう言って男のキャリーバッグを指さした。

一人また一人とギャラリーが集まってくる。

事態を察した近所のおじさんたちが男を取り囲む。


美咲は家の中に走った。

冷蔵庫を開けると一葉ちゃんのお母さんがグッタリした様子で頭から血を流していた。

まだ心臓は動いている。呼吸もなんとかしている。


それからかなり遅れて警察もやってきて犯人は捕まった。


後日、一葉ちゃんと母親がお礼を言いに菓子折りを持って美咲の家へやってきた。

「お姉ちゃんの電話番号ね、おじいちゃんと一文字違いなんだよ。一葉ね、1と7見間違えたの」

「そうなんだ〜。あ、でもいつでも電話してもいいよ。一葉ちゃんからならお姉ちゃん嬉しい」

一葉は屈託の無い笑顔で美咲を見つめた。


一葉が美咲に電話をかけたのは、ちょっとした見間違いによる偶然だった。

しかし結果を見れば間違いではなかったのだ。

美咲と一葉の家族は、今回の間違い電話に、何か理屈では説明できない不思議な縁を感じずにはいられなかった。










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