【透明人間】

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周りに対して不満がある。
そもそも、不満とは何なのか。自分の甘い部分を単に他人のせいにしているだけではないか。そう思ってしまうと途端に何も言えなくなる。

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鍵をかけた僕の部屋。カーテンを閉じテレビも付けぬままの濁った生温い空気の中でベッドにダイブする。蛍光灯の灯りが目を貫くので、それも消した。暗い部屋の中で僕はスマートフォンを取り出し電話をかける。

『もしもし、なによ?こんな時間に』
「ああ、ごめん。今大丈夫だった?」
『まあ。帰る途中だから、家に着くまでね』
「わかった」
『それでどうしたのよ』
「ああ、いや特に何もないんだけどさ」
『何も無かったら私に電話なんてかけないでしょ』
「…僕は努力できている?」
『なにそれ』
「はは。なんてね、ごめん」
『あんたが努力できてるかなんて知らない。そもそもしばらく会って無いんだから』
「そうだね」
『…私はそういうことに他人の意見なんていらないと思うけどね。自分が認めることができるならそれでいいと思う』
「…自分では頑張っている方だと思ってたよ。仕事に対しては誰よりも長い時間を費やしているし、人の意見をよく聞いていて、それを仕事に繋げることだって出来ている自信はあるんだ。でも、それはただ我慢していただけなんじゃ無いかなって思って」
『…我慢?』
「僕が努力出来ていると思ってたのは、仕事が辛いのを毎日乗り越えているだけなんじゃ無いかなって。ただ我慢しているってだけの事実を努力と勘違いしてるんじゃ無いかなって」
『難しいことを考えてる』
「そうかな」
『あんたは、何に対しての“努力”をしたいの?』
「え?」
『仕事に対して?でも、今の話じゃ頑張る理由すら無いように聞こえるけど』
「…そう?」
『気の弱い人って嫌い』
「…ごめん」
『自分を認める努力から始めなよ』
「どういうこと?」
『自分がなにをしたいのか、何の為に生きたいのか、を知ってから周りに目を向けたら?仕事って人の為になることなのに、自分すら認められず他人を受け入れることなんて出来ないでしょう』
「難しいこと言ってる」
『そんなことないわ。でも、私に電話を掛けたてきたってことは変わりたいって意思があったってことなんじゃない?』
「そうかな」
『ほらまたそれ。認めなよ。自分のこと」
「…うん」
『じゃあ、そろそろ家に着くから』
「わかった。ありがとう」
『うん。またね』

今日は仕事が終わらなかった。後輩に任せていた商品の発注にミスがあったのだが、伝達をした僕のミスなのか、入力を誤った後輩のミスなのかで責任の押し付け合いの末、僕が負けた。
薄く部屋の灯りをつけ、ベッドに寝転がったままポケットからメモを一枚取り出す。それは後輩に伝達をするときに僕が使用したメモで、発注する商品名と数が細かく書かれていた。
「合ってるじゃねぇか。クソ」

僕の努力は結局ただの我慢であって、誰にも認められることなんてない。そもそも認めてもらえるようなものではないし、認めてもらいたいことがおこがましいのかもしれない。自分に自信を無くして事実さえも伝えることが出来ず、藁にもすがる思いで掛けた電話越しの言葉は素直に受け取ることができなかった。
僕はスッと体の力が抜けて、姿形のない透明人間にでもなったかのような感覚に陥った。

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