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『不足している』

同じ高校に通っていた親友は万引き犯だった。

それに気がついたのは一緒に本屋へ行き、店員に呼び止められた時だった。
「あの、すみません。こちらへ来ていただけますか」
そう店員が指差したのは「stuff room」と書かれた扉。私が驚いている横で親友は
「わかりました」
と冷静に答えていた。その何も感じさせない白い横顔に私はムカついていた。

案内された「staff room」で、冷たいパイプ椅子に座ると、店長と思われるおじさんが先ほどの店員と共に現れ私たちの前に座った。
「キミたち、何をしたかわかってるかい?」
そう問われると親友はスクールバックの中から一冊の本を取り出した。それは「魚とネコと夢」という全く持って唆られないタイトルに唆られない地味なイラストの描かれた文庫本であった。
「なにしてるの」
私が思わず声を上げると
「彼女は関係ないです」
親友は淡々と店長にそう言った。
親友は言い訳もせずただただ謝り続けその姿が反省が見られるとされ、学校には連絡されず親にのみ連絡ということで今回は許しをもらえることになった。

その日の夜、親友からの連絡があった。
『今日は巻き込んでごめんね』
「本当に。なんでそんなことしたの?」
『私もわからない。衝動としか言いようがない』
「あの本、そんなに魅力的だった?」
『それはない』
「作者に謝れ」

それから、私たちはその日のことをあまりに気にしないように過ごしていた。学校も一緒に通うし、お昼ご飯も一緒に食べる。遊びに行くこともあった。

とあるお昼休み、親友がお弁当を忘れた、というので私達は最寄りのコンビニへ行くことにした。お財布だけ持てば用が済むところを親友はわざわざスクールバックを肩にかけたが私はなにも言わなかった。
コンビニへつき親友はそぼろ弁当を手に取ったあと、冷蔵コーナーへ移動し、パックのオレンジジュースに手をかけそっと私に背中を向けた。すかさずに親友の背中を叩く。
「ごめん」
そう言ってオレンジジュースを戸棚へ戻した。

教室に戻る途中親友はまた
「ごめん」
と言った。
「悪いことしてるって思うならやらなきゃいいのに」
「ごもっともです」
「もう二度とやらないで」
「わかってます」
またあのなにも感じさせない虚無な顔をした。私はその顔が嫌いだった。

親友がそんなことをするような子ではないと私が1番わかっていたからその犯行を認めたくはなかった。何か理由があるのだと思いそれからも出来るだけ今までと変わらずに接していたものの親友と遊びに行く回数は減っていった。

通学路で他愛もない話をし、昼休みには課題を教えあったり携帯ゲームをしたりしていた。そして下校のチャイムが鳴る。その時
「ちょっといいか?」
親友が呼び出された。ああ、またあの顔で
「はい」
親友はまた別室へ連れて行かれた。
「帰ってていいから」
「待ってる」
私は誰もいない教室で静かに怒りをあらわにしていた。

「またやったんだね」
「ごめん」
「もう二度とやらないって言ったじゃん」
帰り道、2人は俯いていた。
「もう自分の意思では抑えられないんだよね。私だって悪いことってわかってるのに、気付いたときにはもう遅いというか」
「病気のせいにするの?」
「そんなつもりじゃないけど、調べるとそういう依存症とかあるみたいで」
「私の気持ち考えてくれたことある?」
オレンジ色の空が眩しくてムカついた。心を閉ざした親友の顔はただただ冷たくて悲しくもなった。
「本当にごめん」
「いつもそれ」
私は立ち止まる親友を置いて去っていった。

それから私は何かのトラブルに巻き込まれるのが怖くて彼女の連絡先を消し、一緒に登校することも話すこともやめた。1人の友達を失い苦しかったのだが私にはそうするしかなかった。彼女の心に抱えた闇を親友として向き合うことなど私にはできないと思ったからだ。

高校を卒業してからの彼女の所在はなに一つ知らない。なぜ彼女のSOSに気付いてあげられなかったのだろうか。心の問題を解決してあげるのが親友の役割だったのだろうか。自分を守ったことが正解だったのだろうか。

眠れない夜、ふとあの白い顔が脳裏に浮かんではそう考えるのである。

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