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『タイムカプセルには』

幼馴染みのアニーは柔らかい金髪の笑顔が素敵な天使のような男の子でたくさんの人から愛されていた。アニーはご両親が魔法使いで、特にお父様は世界の災害を予知して魔法で防いできた偉大な魔法使いだったので、周りからお父様のような魔法使いになると期待されていたし、アニー自身もそれを夢見ていた。

そんなアニーと私は10年前、まだ5歳だった頃、よく遊ぶ広場の時計台から右に8歩、前に2歩歩いたところにタイムカプセルを埋めた。お互いに特別に大切なものを埋めようと話をして、
「10年後に必要になるから」
と、アニーは魔法学校の教科書を埋めていた。
そして、それが必要になった今、アニーはタイムカプセルに埋めたことなどすっかり忘れて必死に探している。
「僕のお父様から頂いた教科書を知らないか?」
アニーはいたる人に聞いていたが、誰もが
「知らない」
と答えていた。当たり前だ。タイムカプセルのことは私とアニーの秘密なのだから、私にしか知り得ようのないことなのである。しかし、私もアニーに教科書の在処を問われても
「知らない」
と答えていた。もし、アニーが魔法学校に通うとなれば、アニーは寮生活になる。生まれた時からずっと一緒だったアニーと離れるなんて想像もつかない。アニーが教科書を探し始め、私がタイムカプセルのことを思い出したその時から、私はなにがあろうと教科書の在処を教えないと心に誓ったのである。

それからもアニーは必死に探した。家の本棚もくまなく見た。滅多に入らない地下室にも行った。もちろん教科書は見つからない。

とある日の夜、アニーの家に招待された。アニーの家に遊びに行くことも少なくはなかったのだが、この日のディナーは特別だとすぐに分かった。
「アニー、今日はなんのパーティーなの?」
浮かれている家族の隙を盗んでアニーにこっそりと声をかけた。
「何って、明日は僕の入学式だよ」
「入学式?魔法学校へ行くの?」
「そうだよ」
「なんで?教科書は見つからなかったじゃない」
「お父様の教科書持っていきたかったよ。とても残念だ。だけどそれがないと入学できないわけじゃないよ。新しい教科書も貰えるさ」
未来をまっすぐ見つめ、キラキラ輝いているアニーとは反対に私はあからさまに気落ちしていた。アニーのお母様の美味しいディナーも味を感じなかった。

その日の帰り道、アニーは私を家まで送ってくれた。
「アニーがいなくなるなんて、寂しいよ」
「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう。卒業したら必ず戻ってくるから」
「うん。待っているよ」
「元気で」
「元気で」

翌朝、アニーは多くの人に盛大に見送られていた。私が浮かない顔のままアニーに手を振ると、アニーは人差し指を自分の口角に当て
「笑って!」
と遠くから言ってくれた。アニーの後ろ姿が全く見えなくなると私は誰よりも早くその場から抜け、あのアニーとよく遊んだ広場に向かった。

広場につき、時計台から右に8歩、前に2歩歩いたところを掘ると、あの時と変わらないままのタイムカプセルが出てきた。
アニーの水色のボックスには、アニーがいくら探しても見つからなかったお父様の教科書が入っていた。そしてもう一つ、私のピンク色のボックスには1枚の手紙が入っていた。アニーのタイムカプセルばかりを考えてすっかり忘れていたがそれは幼い私がアニーに向けて書いたラブレターだった。恥ずかしくてちっとも読めなかったのだが、アニーとの思い出が蘇り、寂しくて寂しくて涙が止まらなかった。

私はもう一度タイムカプセルを埋めた。
アニーが帰ってきた時に一緒にまた掘り返せるように、アニーとまた会えるように願って優しく土をかぶせた。

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