犬と歩けば思い日足るようです爪'ー`) ▼・ェ・▼

爪'ー`)

姉が亡くなった。 突然のことだった。

遠く離れた場所に住んでいた俺は飛行機のチケットを急いで取り、この町へ数年ぶりに帰ってきた。
ばたばたと忙しなく動き回って、ようやく葬儀が終わった。それでもたくさんの手続きが残っている。ため息をつきたいような一息をつきたいような、なんともいえない徒労感が襲ってきて、傍らで静かに丸まっているぬくもりに声をかけた。

爪'ー`)y「動物って霊感あるっていうけどどうなの、ねーちゃん近くにいる?」

▼-ェ・▼

▼-口-▼クア〜

"▼-ェ-▼フスン

犬は俺の問いかけに一瞬こちらを見、それから大きな欠伸をしてまたそっぽを向いた。
俺に興味がないらしい。
温かい、ぬいぐるみのようなやつだった。

姉とは歳が一回りも離れていて、両親は俺が小学生のとき事故で死んだ。
それから姉が親代わり。我が家系は短命なのかもしれない。

姉は持ち物が引くほど少なかった。
この無駄にでかい家と、どこかに行くために必要な車と、それから俺がこの家を出る少し前に拾ってきた、この犬だ。

犬は毛の色を濃くしたような黄色い首輪をしていた。
名前は何だったか、覚えていないかそもそも聞いていなかったか。ずっと犬と呼んでいるが支障は今のところ無い。
病院から帰ってきた俺と、それから姉を見て、静かに側に座った。全てを理解しているような静かさだった。
お互い、なんか昔見たことあるやつがいるな程度の認識で付かず離れずの距離を保ち、式の打ち合わせ中も式の最中も大人しくしていて、それから姉が煙になるまで一緒に見ていた。
葬儀が終わった後も犬は当たり前のように俺の隣に座った。
俺が怪しいことをしないように見張っているのかもしれないし、本当にどうでもいいと認識されているのかもしれない。犬の考えなんて、俺にはわからない。

爪'ー`)y「んなことより、家も車もどうすっかなあ」

何を選択するにしても面倒だったが、幸と言うか不幸というか、俺には時間がたっぷりある。
病院からの知らせを聞いてまず会社に忌引休暇は何日取れるか連絡したところ、ブラックな上司が「連休を取るなんて何様だ」と電話口で騒いだ。直接目の前にいたらきっと手が出てから助かったななんて、どこか冷静に考えていたらつい「天涯孤独様だよ馬鹿」と勝手に口から漏れていて、そのまま流れるように「辞めます」と続けた。

つまるところ今の俺は何でも決め放題、時間かけ放題のフリーダム人間というわけ。
時間は、むしろ時間しかないが、あるのだ。

昔から変なところでカッとなる癖があると指摘してきたのも姉だった。
俺なんか姉の何も知らないというのに、姉は俺のことをよく知っていた。
恥ずかしい話だが両親の葬儀は姉に任せて俺は鼻をたらしていたのでてっきり葬儀屋にお任せコースでもあるのだと思っていた俺は面を食らった。
やれ故人の好きな色はだとか、故人の好きな花はなんだったかと聞かれるたびに気まずい空気が流れるのが辛かった。
12も離れた、5年も一緒に住んでいない姉の好きなものなんて知るわけがない。俺なんかに知っていて欲しくはないだろうって事ぐらいしか、わかることなんてないのだ。

爪'ー`)y「ねーちゃんが何を好きだったかなんてこの先一生わかんねぇよなぁ。…お前を好きだったってことはわかるんだけどな」

▼・ェ・▼「クゥン」

姉の持ち物は少なかったが、犬のものはたくさんあった。
犬の左の後ろ足は半分、ない。
拾ってきた時からそうで、それが原因で捨てられたのか、それとも捨てられた後に何かあったのかは分からなかった。犬用の車椅子やら何やら色々あるが、犬は慣れたもので器用に歩き回るのだ。

▼・ェ・▼「…ワォン」

爪'ー`)y「なんだ?」

…▼・ェ爪;'ー`)y

犬がすくっと立ち上がってスンスンと鼻を押し付けてくる。
仕方なく立ち上がってされるがままにしてみた。どうも玄関の方へ行かせようとしているらしい。

爪'ー`)y「なんだよ、散歩行きたいのか?」

▼・ェ・▼「ワォン」

玄関に置いてある車の鍵に向かって犬が鳴いた。

爪'ー`)y「ドライブしたいのか、お前」

姉は犬とよくドライブをしていたのだろうか。犬はドライブの言葉に反応したのか尻尾を振り始めた。

爪'ー`)y「……まぁいいか」

なんとなく無視するのも違う気がして、財布とスマホと、玄関に置いてあった犬の散歩セットを持って靴を履いた。

どうせ、時間はあるのだ。

爪'ー`)y「どこ行く?ってかいつもどこ行ってたの、お前とねーちゃん」

▼・ェ・▼

犬に聞いても何も答えは返ってこない。当たり前だ。
犬は助手席にある専用のドライブシートの中で丸くなって、どうして早く出発しないのかと言わんばかりにこちらを見た。いや、知らんが。

爪'ー`)y「履歴…登録地でも見りゃいいか……」

カーナビには姉の病院と犬の病院、近場のスーパーなどが登録されている。
普段は車でどこかに行ったりしていないのか?いや車内環境を見る感じ、よくドライブしているんだと思う。元々運転は好きだった、ような気がする。あんまり覚えていない記憶を手繰ろうとして、カーナビに映っているフラッグに目が行った。

爪'ー`)y「ん」

爪'ー`)y「なんか、何だ?なんか色々登録されてんじゃん」

▼・ェ・▼「ワォン」

爪'ー`)y「……」

犬が、一声上げた。
そこに向かえ、もしくはどこでも良い、とでも言っているのだろうか。澄んだ瞳を覗いても、何を考えているかはわからない。

爪'ー`)y「……行ってみっか」

姉が、いつもどこへ行っていたかなんて、もしかしたら今後一生わからないかもしれない。例えこの地点登録された場所に行っても何もわからないのかもしれない。
けど、それでも行ってみて良いかと。
そう思えたのは、隣で丸まった毛の塊が、なんでも良さそうに欠伸をしたからだ。
俺1人なら行かなかっただろうが、何の期待もしていない相棒が助手席にいるからほんの少し勇気付けられ、何でもない気持ちでアクセルを踏めたのだ。

発進をする。
ふと運転席のダッシュボードに置いてある何かが視界の端で揺れた。

爪'ー`)「何だこれ、センス悪いもん置いてんな」

猫だか熊だかよくわからない二足歩行のマスコットにバネがついていて、その下の吸盤がダッシュボードに引っ付いて車が動くたびにみよんみよんと集中力を乱した。
信号で止まり、思わずそのマスコットに手を伸ばす。

爪;'ー`)y「うあ、これ俺が修学旅行で買ったやつじゃん」

食べ物じゃなくて形に残るものが欲しいと珍しく指定されて適当に買った。狐のマスコット。渡したあと見かけることは無かったからてっきり捨てたんだと思っていたが、まさかここに居を構えていたとは。

爪'ー`)y「こんなとこにつけなくてもいいじゃんな。ねーちゃん、運転するとき気にならないんかよこれ」

▼・ェ・▼

思わず漏れてしまった声は誰にも拾ってもらえず独り言として流れていった。
隣の犬は静かに外の景色を見ていた。車は再び赤信号で止まり、沈黙に謎にざらつく気持ちをどこかにやりたくてマスコットにデコピンをお見舞いする。
みよんみよんと無情に揺れて、犬がちらりとこちらを向いたが、やはり何も言わなかった。

爪'ー`)y「久々に来た」

まず一つ目の登録地は神社だった。
車から降りて、澄んでいる空気をゆっくり吸ってみた。
国内でも割と有名な観光地になっている大きな神社。
平日の昼間でも観光客で賑わっている。姉は人混みが苦手だったが、登録地にしているぐらい普段よく来ていたのか。

爪'ー`)y「お前を連れて行っていいもんなんかな」

周りを見てみるとリードで繋がった犬が普通に闊歩していた。
お犬様も一応入っていいようだったが、人が多いので犬は歩くのが大変な気がする。連れて行くとなると協力が必要だ。

爪'ー`)y「持ち上げます、OK?」

▼・ェ・▼フンス

こんなところで暴れられたら嫌すぎる。念のためリードを付けて、抱きかかえる。
先に説明してからだったのが功を成したのか、犬はあっさり腕の中に納まった。
人と同じ高さになった犬はどこか誇らしげな顔で辺りを見回して、「おん」と一声上げた。 仕切り上手なやつ。
つられるように足が動いて、中に入っていった。

爪'ー`)y「梅ヶ谷餅食いてえな〜」

風が心地よい。犬の毛が風に揺れて、柔らかなクリーム色が光に透けていた。
そこかしこから漂ってくる良い匂いに鼻を動かす。
いくつかある店でバラ売りしているところを見つけて、一つ購入する。
梅ヶ谷は温かく平べったい餅に餡子が入っているだけのシンプルな菓子だが、俺は好きだった。 焦げになっているところが香ばしくて食感から美味しい。
温かいものを食べたときの、喉元に熱が通っていく感覚が好きだ。ホッとするというのはこういうことを指すのか。

▼・ェ・▼「ワォン」

爪'ー`)y「ん?何だろうなあれ」

ふと人だかりを見つけそちらに目をやる。
お守りが買えるらしい。 冷やかしではないが流れる波に乗るように近寄って、どんなものがあるのか見てみた。

爪'ー`)y「あれ、これ」

お守りの見本の中に、真っ白な生地に金糸の文字が入ったものを見つけて既視感を覚え、ポケットに手をやる。

爪'ー`)y「やっぱり、 同じだ」

俺のは幾分も汚れて灰色になりかけていたが、同じものがそこにはあった。

爪'ー`)y「お守り、ここのだったのか」

昔姉に貰ったものだった。
考えたことが無かったが、この神社は学業の神様がいるそうなので、わざわざここに来てくれたのかもしれない。近場にも小さな神社はあるのに。

▼・ェ・▼ワフン

爪'ー`)y「……次のとこ、行くか」

犬が急かしているような気がして、早足で神様に挨拶をした。
そしてまた車に戻った。

爪'ー`)y「次は…。ラーメン屋?」

カーナビで登録地を確認する。ここから近いのはラーメン屋だった。
犬をドライブシートに乗せ、自分もシートベルトをしながら、姉とラーメンを食いに行ったことをぼんやり思い出す。

急に学校に行けなくなった期間があった。中学の頃だ。
いじめに遭っていたならまだ分かりやすかったが、友人たちは皆優しく、クラスの雰囲気もわるくない。だというのに、ことんと教室へ入ることが出来なくなったのだ。

家を出ようとすると気持ち悪くなって、吐きそうになるのが嫌だから飯を食わずにいた。余計に体調を悪くしてずるずると休みが続いてしまったのだ。

5回目の「今日学校休む」 に対して姉は怒るでもなく心配するでもなく、その日の晩御飯のメニューを指定された時と同じように「了解」というだけだった。
10回くらい続いたある日、姉が外行こうと言ったので流石にそろそろ行けと言われるのかと身構えたが全く違くて、「ラーメンの気分なんだ今日は」 と涼しい顔で続けた。
「女一人だと目立って嫌だから」というが、中学生と若い女二人のほうがもしかしたら目立つのではというのは我慢して車に乗り込んだ。

爪'ー`)『このまま行けなくなったらどうしよう』

爪゚ー゚) 『いいんじゃん、無理せんでも』

爪'ー`)y『…なんよ』

爪゚ー゚) 『あんた、学校好きだし、またいつか行けるようになるよ。今は休憩なんよきっと』

爪'ー`)y『……』

爪゚ー゚) 『しょうがないなぁ、いいものをあげるから、手ぇ出しんさい』

目の前に突き出された手のひらに、小さなお守りが乗っていた。 白地に金糸で文字が書いてある、綺麗なお守りだ。

爪゚ー゚) 『ほら、大丈夫な気するやろ?大丈夫大丈夫』

爪'ー`)『…軽いなぁ』

クラスの奴らは優しい奴らばかりで、いじめなんてもんはなくて、むしろ優しいから俺に両親がいないことを知って気を遣うようになった。
それがなんだかひどく「なんだかな」の気持ちになってしまって、そして教室のドアを開けられなくなってしまったのだ。

姉の「大丈夫」はおそらく世界で一番適当な「大丈夫」だったが、そのあまりの軽さに本当に大丈夫な気がして、お待ちと出された豚骨ラーメンの湯気に隠れるように、麺ではなく鼻を啜った。

そうして本当に、次の日玄関で腹は痛くならずに、またことんと通いだすことができるようになったのだった。

爪'ー`)y「一人で来れるんじゃん」

登録されていたということはそうなのだろう。もしかしたら恋人だとか友人と来ていたかもしれないが、どちらもいなそうだったのは葬儀を通してわかっていた。
店の前に着いたが、流石にここは犬連れじゃ駄目だろうから見るだけに留める。餅を食ったくせに鳴っている腹は無視した。

爪'ー`)y(あの店、美味かったな)

記憶補正かもしれないけれど、確かに美味かったのだ。

爪'ー`)「ここもよく来たわ」

三つ目の登録地は河原の近くのコインパーキングだった。
この辺は何があるって特に何もない。家の周りも何もないから、姉とチャリでここら辺まで来て散歩したりなんだりしていた気がする。
ここまで来て犬を散歩させていたのだろうか。
パーキングに車を停めて、犬を降ろす。

▼・ェ・▼ワフ

いっちょ前にしっぽを振ってこちらを見ている。人も少ないし道も広い、確かに絶好の散歩コースに違いない。

爪'ー`)y「いいよ、お前の好きなとこ付き合ってやるよ」

▼・ェ・▼「ワォン」

こちらの言葉が分かっているのかどうか、犬はついてこいとでも言いたげな顔をして、それから歩き出した。

爪'ー`)y「お前、 歩くの好きなのな」

犬は後ろ足を全く気にせずに進んでいく。
俺はといえば何年かぶりとはいえあまり変わっていない景色に、 懐かしいんだか気恥ずかしいんだかわからない気持ちになっていた。
5年も経てば変わる事もあるし変わらない事もある。5年前は、姉がいなくなるなんてこれっぽっちも考えた事なかった。

爪'ー`)y「……」

(*゚ー゚)「ほら、早くせんと!ずっと待っとーとよ」

(#゚;;-゚)「靴履けんとよ、待っとってよお姉ちゃん!」

爪'ー`)(仲良し姉妹……いやおねーちゃんキレてるけど)

爪'ー`)(うちのねーちゃんは、あんまキレなかったよ)

長閑なもので小さい子ども達がキャッキャと遊んでいる。はしゃぎすぎて靴が脱げてしまったのか、恐らく妹が姉にせっつかれていた。

うちの姉はどちらかといえばドライな性格で、というよりあまり感情を出さない人間だった。
覚えている限り、姉が怒ったところを見たのはただ一度だけだ。

爪;'ー`)『どしたんそれ』

爪゚ー゚) 『拾った』

▼;;-ェ-#▼

爪;'ー`)y『どうすんの』

爪゚ー゚) 『どうするって、うちはマンションじゃないし、 私は動物嫌いじゃないし、あんたも出てっちゃうし、飼う一択でしょ』

高校を卒業して、無事就職先が見つかり上京する何日か前のことだった。
姉1人この広い家に残すのは気にならないわけではなかったが、俺はさっさと町から出て行こうとしていた矢先のこと。
犬を拾ったのは姉だった。
家の近くで弱っているところを見つけ、そのまま動物病院に連れて行ったらしい。
小さな毛玉はちゃんと生きているようだった。
姉の腕の中で小さく小さく息をしている。
飼うと言った姉に、それもそうかとかなり他人事に納得した。

爪'ー`)y『その足じゃどこももらってくれなそうだもんな』

爪゚ー゚) 『やめえよ』

爪'ー`)y『え?』

爪゚ー゚) 『そういうこと言わんで。聞いとんのよ』

爪'ー`)y『はあ?』

静かな声だった。けれど姉が怒っていると、伝わってくる。

聞いてる?
何が?誰が?まさかその犬が?わかるわけねーじゃん、という言葉は飲み込んだ。
初めて見る怒った姉に怯んだのだ。

爪゚ー゚) 『…ふぅ』

爪゚ー゚) 『あんたさ、ここで一緒に住んでくれん?弟もおらんくなるから一人で寂しいんよ』

▼;;・ェ-#▼

▼;;・ェ・#▼『ワォン』

爪゚ー゚) 『ありがと』

爪'ー`)y(タイミングよく鳴いただけだろ、なんて言ってるかわかんねえじゃん…もしかしたら嫌だって言ってるのかも)

……思い上がりだ。

なんて負け犬の遠吠えはしないでおいた。姉も犬も、嬉しそうに見えたからだ。
それから数日後、俺は家を出た。
やはり犬の名前は聞いていなかった、気がする。

俺はいまだに犬の気持ちも考えも何もわからない。

▼・ェ・▼「ワフン」

爪'ー`)y「ん」

犬が止まった。
いつの間にか段差のある道になっていた。流石に犬の足を考えると厳しそうだと思って、犬の顔を見る。

爪'ー`)y「ちょっとだけ持っていいかい」

▼・ェ・▼「ワォン」

致し方ない、と言っている。気がする。
思い上がりだ。

( ‘∀‘)「あらっ、わんちゃん可愛いねぇ」

爪'ー`)y「はぁ、どーも」

( ‘∀‘)「どうしたの?抱っこしてもらって、疲れたの? 」

( ‘∀‘)「あらっ……わんちゃん、可哀想ねぇ…こんな…歩かないの?歩けないの?」

すれ違ったご婦人が、わざわざ振り向きざまに犬を褒め、それから俺の腕の中にいることを不思議に思ったのかじろじろ見てきた。
ご丁寧に犬の足に気付いて、指をさしながらそんなことを宣った。

知らない人間が見たら目立つだろうから仕方がない。
実際俺だってこいつと歩く前はこんなに動けるって知らなかったわけだから、仕方ない。
仕方がない。

爪'ー`)y「……歩きますし、歩けますよ。こいつ歩くの大好きですよ。大好きなんですけど、俺が抱っこしたかったから抱っこしただけです、俺が勝手に休憩させただけですよお」

(;‘∀‘)「あら、そ、そうなの…ほほ、ごめんなさいね…」

▼・ェ・▼「……」

▼・ェ・▼ワフ

ご婦人は俺の勢いに驚いたのか、ぎょっとした顔で去って行った。

爪'ー`)y「……不審者過ぎたな」

▼・ェ・▼「わおん」

意地だった。
犬はあんな風に言われるのはさぞかし不本意なのではないかと思いあがってしまって、つい意地でしょうもないことを言ってしまった。
姉の言う通り、俺はどうでもいいことでカっとしてしまうのだ。

爪'ー`)y「なあ、俺、昔お前に酷いこと言ったよな」

▼・ェ・▼「わおん」

爪'ー`)y「悪かったよ」

▼・ェ・▼

"▼・ェ・▼フンス

話が通じているとは思えないし、 許してもらえるとも思わない。
けどあの時の姉の怒りは、少しわかった。思い上がりだ。それでも良いだろ。

しばらく歩いてまた車に戻った。
もう夕方になりかけているので早く次の場所へ行こう。
最後の場所はカーナビの地図を見ただけでうっすらわかるぐらい、親しみのある場所だった。

爪'ー`)y「うーわ流石に懐かしいって」

俺がうんと小さい頃姉と、それから両親とも買いに来ていた。
たい焼きに似ているが鯛ではなく、珍魚をモチーフにしている。いつの間にか全国的に有名になったらしくこの県のソウルフードなんて持て囃されているのをなんと見えない気持ちで見ていた。子どものころのおやつだもんよ。
家の近くにあるこの店が本店なのは、ほんの少しだけ誇らしい気持ちが無くはない。
餡子やクリーム、お好み焼きのようなしょっぱいものもある、小腹を満たすにはちょうどいい食い物だ。

爪'ー`)y「ハムエッグ一つください」

▼・ェ・▼ワフ

爪'ー`)y「水のむか?」

ベンチに座って犬用の皿に水を入れてやる。
犬が美味そうに飲んでいるのを見ながら、自分も万十を頬張った。中から半熟卵がトロリと出て、優しい味のマヨネーズとシャキシャキとしたキャベツの食感も心地良い。懐かしい味につい口の端がほころんだ。

ミ*゚∀゚彡「あー!ぽぽ!」

▼・ェ・▼「ワォン!」

4~5歳くらいの子供がひょこっと顔を出したかと思えば犬を指さし、驚いた顔をしていた。驚いたのはこちらもだ。
犬は子供の方を見、それから静かに座りなおしてしっぽを振り始めた。

爪'ー`)y「知り合い?」

▼・ェ・▼「ワフン」

爪'ー`)y「わからんな」

ミ*゚∀゚彡「おじちゃんもぽぽとお話しできんの?」

爪'ー`)y「こいつ、ぽぽって言うの?」

ミ*゚∀゚彡「ぽぽでしょ?ぽぽ、おねーちゃんの犬だよね?何でおじちゃんといるの?」

おねーちゃんというのは姉の事だとするならば、なぜ姉はおねーちゃんで俺はおじちゃんなのだろう。

ハソ; ゚-゚リ「もーお金払っとるからそこで待っとって言ったやん。…あら?」

ミ*゚∀゚彡「おかーさん、ぽぽいたあ!」

どうしたものかと考えあぐねていたら母親がきた。恐らく姉とこの犬の知り合いだろう。残りの万十を急いで食べようとして咽せた。

ハソ ゚-゚リ「似てるけど……」

ミ*゚∀゚彡「ぽぽだよお、だってほら、黄色の首輪!おねーちゃんの好きな色!」

少年が言う「ぽぽ」という犬とこの犬が同じだとして、同一である材料になるだろう足について何も触れない。それだけでいい子だなと思った俺はチョロい。

爪'ー`)y「ねーちゃん、黄色好きだったんだ」

ミ*゚∀゚彡「そうだよ!僕、おねーちゃんに聞いたもん!」

まさかこんなところで姉のことを知れるとは思っていなかった。
姉は恋人も友人もいない。けど人と話すのは嫌いではなかったからこうやって小さな交流が、もしかしたら他にも沢山あったかもしれない。

ミ*゚∀゚彡「今日おねーちゃんは?」

爪'ー`)y「んー……」

こんな小さな子供に姉のことを話していいのかわからず口ごもってしまった。
母親の方は何か察したのか、今日は来られないのかもねとフォローしてくれた。

ミ*゚∀゚彡「ねー、おじちゃん、おねーちゃんの弟の人?」

爪'ー`)y「そうだよ。だからおじちゃんじゃなくておにーさんなんだよ」

ミ*゚∀゚彡「ぽぽんたの人だ!」

爪'ー`)y「んあ?」

ミ*゚∀゚彡「ぽぽはね、ぽぽんたなんだ、おねーちゃんが好きなお花なの!」

爪'ー`)y「ぽぽんた……タンポポ?」

ミ*゚∀゚彡「そー!」

爪'ー`)y「なんでぽぽんた…」

姉のセンスはよくわからない。
タンポポのままの方がまだ可愛い気がするのにな。

ミ*゚∀゚彡「おじちゃんが言ったんでしょ?」

爪'ー`)y「俺?」

ミ*゚∀゚彡「弟がいつもぽぽんたあげるねって言ってたの、可愛かったの覚えてるから、つけたんだって」

爪'ー`)y

爪'ー`)

ミ*゚∀゚彡「おじちゃん?」

姉はどちらかといえばドライだった。
一生わかることなんかないし、わかってほしくないと思う。
そんな人だった。

でも実際はよくわからん邪魔なマスコットもずっとつけていられて、苦手な人混みの中わざわざお守りを買うし、実はラーメン屋だってひとりで行ける。
可愛い犬の名前に弟の馬鹿な思い出をつけてしまう。
そんな人、だったのだ。

爪'ー`)y「なんだよもう・・・」

爪'ー`)y「めちゃくちゃ昔の話じゃんそんな」

爪'ー`)y「そんなもんをさぁ大事な犬の名前になんか、すんなよ」

爪'ー`)y「ほんと…」

親子はまた会おうねと言ってバイバイした。
1人と1匹、ベンチで丸まっている。

現在進行形で話をしてしまうが、もう、姉はいないのだ。
何も聞けないし、何も答えは返ってこない。何もわからない。
犬と同じだ。何をしても何を思っても、もうきっと一生わかることはない。

爪'ー`)y「いねーんだ、ねーちゃん、もう。ここ座ってたら、早く帰るよって来そうな気がすんのにな」

走馬燈は死ぬときに流れるらしいのに、ねーちゃんの思い出が次々脳内に流れた。
それからどうしようもないくらい鼻の奥がツンとしたのに、今日は誤魔化してくれる湯気はない。

爪'ー`)

視界が揺れて、気色の悪い感触が頬を撫でた。

爪'ー`)ェ・▼"

▼・ェ・▼フンス

爪'ー`)y「……」

爪'ー`)y「お前、それしょっぱいし汚いから舐めないほうがいいよ」

▼・ェ・▼「ワォン」

膝の上に乗った犬が俺の頬を舐めている。やめてほしい。
風が吹いて、舐められたところがパリッとした。

爪'ー`)y「ぽぽんた、ね」

爪'ー`)y「ねーちゃんの好きな花も色も、一生わかんなそうだったけど、わかることもあるんだな」

▼・ェ・▼ワフ

犬が、ググッと身体を伸ばした。俺も一緒になって身体を伸ばして深呼吸をする。

爪'ー`)y「……うん、よし」

爪'ー`)y「……お前、俺と一緒に暮らしてくれる?あの家、広すぎるんだわ」

▼・ェ・▼

▼・ェ・▼「ワォン」

相変わらず犬は、 ぽぽんたは何を言ったかわからない。
しょうがないなぁかもしれないし、早く帰るぞかもしれない。
膝の上から降りて、欠伸をしている。

爪'ー`)y「帰るかあ」

立ち上がってぽぽに声を掛ける。

▼・ェ・▼「……」

▼・ェ・▼「ワォン!」

ぽぽは俺の斜め後ろの方に視線をやってから、嬉しそうに一度だけ鳴いた。
つられてそちらを見てみる。

爪'ー`)y「……」

何もない。
それでもなぜか嬉しい気持ちになって、笑ってしまった。
帰ったらタンポポを生けてやろうかなんて、思った。



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