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ダイアンが好きだと聞いて後輩と急に仲良くなれる土間土間

自分で以前詠んだ短歌の景を掘り下げ始めたら長くなったので、体裁を整えて投稿します。

「先輩、津田と西澤どっちが好きっすか?」

アイドルグループの推しメンを尋ねるようにそう口にしたのは、一つ下の後輩だった。

文字に起こすと少し笑ってしまうが鮮明に覚えている。なぜなら今までの人生、後にも先にもこう聞かれたのは一度きりだからだ。

──

小川くんとは、大学のゼミで知り合った。

でかい図体に派手な金髪、友達に囲まれ学内でもサングラスをつけて闊歩するような陽キャ一軍オーラを放つ彼は、生真面目に学生生活を送っていた私とは対極にいるような存在だった。一度なんかは、彼が空き教室で勝手にデリバリーピザだの寿司だのを頼みまくって友人の誕生日会を開いたことで教授から死ぬほどお叱りを受けているのを目撃してしまったために、自分の中では“関わらない方がお互いのためだ”と思ったほどである。

それなのに。たまたま彼が私の所属していたゼミを選んで入ってきたことで話す機会が生まれたのだ。ちなみに今でも彼がなぜあの辺鄙なゼミを選んだのかは分からない。

二回生と三回生の初顔合わせの日。諸々が済んでひとまず解散しようかとなった折、一回生の時からの友人が私を呼んだ。聞けばせっかくの機会なので後輩を数人誘って、夜飲みに行って親睦を深めたいという話だった。

また日をあらためて新入生歓迎会を開くことにはなっていたのだが、いかんせん人数が多いので一人一人とゆっくり話す時間はとれないだろうという懸念もあった。若干緊張するなあと思いつつも、私は彼女の提案を受け入れた。

そして夜予約してもらった店へ向かうと、そこには彼がいた。

「……おつかれさま」
「あ! おつかれっす〜」

軽快なあいさつを返される。よりにもよって彼が選抜されているとは思いもしなかったために、私は露骨に戸惑った表情を浮かべてしまった。それに気づいた小川くんは「そんなに警戒しないでくださいよ」とけらけら笑っていた。

今考えれば先入観でそんな態度をとってしまって申し訳ないことをしたが、その時の私は正直(絶対会話弾まん……つまらん先輩やと思われる……)と半ば絶望していたのであった。始まってもない会話を心配するなんて、我ながら実に立派なコミュ障である。

しかし、本当にこれは杞憂だったと私はのちに知ることになる。

ほとんど初対面の人間が一つのテーブルを囲んですることといえば自己紹介だ。時計回りに順番は巡っていき話題の小川くんが口を開いたのは3番目だった。名前と所属学科その他を話して、彼は思い出したように付け加えた。

「出身、大阪っす。観光行く時とかナビするんで言ってくださ〜い」

そこで私は反応した。そんな都会からどうしてこの田舎町にある大学に進学を決めたのかとか、強面関係なくめちゃくちゃ親切だなとかも気になるところだが、個人的にそれよりも。

少し話は逸れるが、私は大阪に対して非常に強い憧れがある。大小様々な劇場が存在し、脈々と続いてきた笑いの文化がひしめくお笑い好きにとっての聖地。神格化し過ぎかもしれないが、ど田舎で育ってきた大学生の私にとって大阪はこれ以上ないほどに心躍る場所だったのだ。

そんな土地からはるばるやってきた後輩が、目の前にいる。つまり、若干不純な動機ながら興味を抱かずにはいられなかった。

そうこうしているうちに自己紹介タイムはつつがなく終了し、あとは自由に食べたり飲んだりする時間になった。こうなれば私のやるべきことは一つである。人見知りを叱咤して私は意を決して小川くんの近くへ──行こうとしたのだが、それは叶わなかった。というよりも、こちらが動く前に彼が私の隣にやってきたのだ。他の人たちも銘々好きなように動き回っていたので特段変なことではなかったのだが。

「隣いいっすか?」
「いいけど……」

いいけど……じゃないやろありがとうやろ。後輩相手になんと可愛げのない先輩だろう。ここまでの自分の彼に対する振る舞いを省みて自己嫌悪に陥っていると、小川くんは何も気にしていないと言うようにあの、と口を開いた。胸元でシルバーのごついネックレスが光っている。

「さっき先輩、お笑い好きって言ってたじゃないですか」
「え、あ。ありがとう」
「ありがとう?」
「いや〜こっちの話やで気にせんといて」

いきなり本題に入ってくれた。あの取り立てて面白くもない自己紹介をちゃんと聞いていてくれたらしく、それだけで良い人だ〜と思ってしまうくらいに私は卑屈な女だった。

「そう、めちゃくちゃ好き。大阪の劇場もよく行くよ」
「俺も大好きなんで、絶対話合うなあと思って」

あれ?こんなにとんとん拍子で話進んでいくことある?

思わず彼の顔を凝視してしまった。にこやかである。そして、大学に入ってからというもの自分と同類のお笑いファンと巡り合えていなかった私は、この時点で確実に小川くんへの好感度がうなぎ上りになっていた。さっきまであんなに怖がっていたのにだ。我ながら単純である。

「え、ありがとう。それは私も思うわ」
「そっすよね! あー良かったー」
「……あのーほら、どの芸人が好きとかある?」

しかし正直言って、お笑いが好きというのはほとんどの人が当てはまる大枠でしかない。肝心なのはここからで、いわゆる推している対象があまりにかけ離れていると話が違ってくることもあるのだ。これはどのジャンルのオタクをしていても同様に言えることだと思う。ここは慎重にいかなくては。

そんな思惑などつゆ知らず、という様子で、私のざっくりとした問いに小川くんはことさら笑って嬉しそうに告げた。

「一番はダイアンっすね」
「ダイアン」
「はい、あのダイアンです」

あの、ダイアンである。

NONSTYLEや千鳥や和牛といった盤石のコンビから第7世代まで、一般的に見て若者人気の高い芸人がほかにも存在する中、彼が選んだのはあのダイアンなのであった。

大阪在住時代にいくら慣れ親しんでいようと、好きな芸人を聞かれて彼らを一番に上げる同世代と私は出会ったことがなかった。これはダイアン自体がどうこうという問題ではない。私も大好きなのだ、ダイアンが。だからこそ何というか、一周してやっぱり好きなんだよな…としみじみ思うようなコンビだと思っていただけに衝撃があったのだ。なのにまさか、こんな、陽キャ大学生の具現化のような後輩からこの名前を聞くなんて。

「なんでなん?」
「めちゃめちゃ面白いからですよ!」

当たり前じゃないかという風に答えてから、小川くんは少し居直ってこう言ったのだ。

「先輩、津田と西澤どっちが好きっすか?」
「……津田?」
「えー! あーなるほど! 俺西澤派っす!」
「派閥で聞かれたんはじめてやわ」

そんなこんなで、私とパリピ男子小川くんは急激に仲良くなっていったのだった。

こんな風に書くといわゆる少女漫画的展開で惚れた腫れたの話になりそうだが──結論から言うと、私と小川くんはその後どうにかなることもなくただ気の置けない先輩後輩のままだった。
ゼミ室で一年前自分が履修していた講義の勉強を見てあげて、代わりに苦手な数学の解法を教えてもらう。昼になったら一緒に学食へ行って適当に食べて、それぞれの講義へ向かう。夜になったらいつもの居酒屋で落ち合う。そこでどうでもいい話を延々として、それぞれの帰路に着く。実に清々しい、健全な仲の良さだったと思う。

過去形なのは、私が大学を卒業してから一度も彼に会っていないからだ。
別に明確な理由はない。連絡先だって知っているし、どちらからでも連絡しようと思えばできたはずだ。けれど、お互いがそうせずにもう二年ほど経ってしまっている。

卒業を間近に控えたある夜、レモンサワーを飲みながら私は彼に一度だけこう言った。

「やっぱり、小川くんが話しかけてくれてなかったら私らこんな仲良くなってないよなあ」
「え? そうすか?」
「そうよ。だって私と小川くんじゃ住む世界がちゃうやん」

それを聞いて、小川くんは可笑しそうに笑った。

「こんな会話弾むのに住む世界がちゃうわけないやないですか。好きなもん同じやったら誰でも同胞、仲間っすよ」
「……もうその明るい思考がパリピやな」
「暗あ!」

テレビでダイアンを見ると、今でも時々小川くんと初めて話したあの居酒屋を思い出す。
彼にはとても感謝している。好きなものを打ち明けることで始まるコミュニケーションの大切さに気付かせてくれたからだ。そして通じ合えれば、きっと誰とでも楽しい時間を過ごすことができるのだという自信にもなった。

つまり私が何を言いたいかというと、ダイアンは最高に面白いということだ。




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