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「置かれた場所で咲きなさい」

昨日、関東旅行から帰ってきましたつかつかです。
西武ライオンズのチアbluelegendsのステージやなにわ男子のコンサートを観てきました。
もうすんごく楽しかった!どのぐらい楽しかったかというと、息切らして手足硬直して医務室行くぐらい楽しかった!(ガチ)
でもほんとにすごくパワーをもらいましたね。bluelegends、なにわ男子の皆様、ありがとうございました。(※届けこの気持ちキミに)

さて、キラキラアイドルたちにこんなに元気をもらったのですが、卑屈ネガティブ根暗な私は帰宅後、現実に戻されこんなことを思います。

「いや冷静にbluelegendsとかなにわ男子みたいな属性って羨ましいよな」
「何かを志しても、それを阻害する心身の健康状態の不安定さもなければ、小さな頃から周りの大人が才能を良い方向に導いてくれているし」
「そもそもなんで私は周りのみんなみたいに普通に高校に通えなかったんだろう。もっと心も体もエネルギーがあれば…」

とかなんとか。
もちろんその人にはその人の地獄があって、見えていない部分がたくさんあることも分かっています。
でも未だに、元気に高校に通う夢をしょっちゅう見るし、悔しいなとか羨ましいなって気持ちは拭えません。

そんな感情に支配されつつ、心のどこかで「じゃあ自分はどうするべき?」と考える自分がいて、そのときに終末期患者が辿る5段階の心理プロセスを思い出しました。
その心理プロセスっていうのが、終末期医療のパイオニア、アメリカの精神科医キューブラー・ロス提唱したもので、

①否認
②怒り
③取引(神頼み的なこと)
④抑うつ
⑤受容

って感じ。なんですが、これってざっくり1〜4は悲観かなと思います。

誰かを羨ましいと思うとき、自身の境遇に理不尽さを覚えたとき、羨望や怒りのフェーズで留まっていればそれはそれまで。
極論、終末期患者もずっと悲観でいたら、無駄に余命を潰すことになりますので。人間誰しも受容って大事なんだって気づきました。前進するときの1歩目ってことですね。
実際にどうやったらできるかというと、
感情と思考は別の頭だから、
とりあえず直感的な感情は右脳で待機させて、
理屈や正論を落とし込む時間を左脳に与える。
具体的には、直感は、直感になる前の思考が一定の方向にしか向いていないので、逆方向の思考にも綱を引っ張ってあげる。
たとえば、
「bluelegendsは小さな頃から自分の才能を伸ばしてくれる環境があり、明確な夢を持てて実際にサクセスできている。心身ともに継続的に健康で、経済状況や生育環境も良いことが多い。」
の方向に向いていた思考を、
「いや逆にそんなラッキーなヤツの方がごくごく少数やろ」
「まあでも全然私も恵まれてる方やん。大学も行かせてもらってるし、余命宣告されてるとか全く体が動かないとかでもないし。何より困ったときに頼らせてくれる人、支えてくれる人がこんなにいるじゃん。」
みたいな感じ。
これって無理やり言い聞かせてるんじゃなくて、割りと現実的な意見ですよね。小さな頃から才能を伸ばせて、バリ健康で……(省略)なんて、置き換えれば、ポーカーで最初からスリーカードしてるようなもんですから。ファクトフルネス大事よ。
こうやって一回思考を通ったあとにどう思えるか、そこに答えがあります。

結論:「置かれた場所で咲きなさい」

この言葉、よく言ったものだと思いますわ。誰が言ったのか知らんけど。
bluelegendsはbluelegendsの、私には私の花の色があるから。言い換えれば天命のようなもの。
前述のように思考を辿って出した自分の天命とは、(言える範囲でいうと)今のところ在宅バイト、院試対策です。
誰かにとっては簡単なことかもしれないけれど、ほんの2ヶ月前まで入院してた自分にとってはちょうどよい課題です。
今やるべきことをやることで、天命といった天命を成し遂げる日が来ると思います。

FORZA!!

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