ゼロ年代と、それ以前のシンギュラリティ── #2 坂本真綾 『DIVE』
人生の岐路となる年に、どんな音楽を聴いていただろうか。
18歳の夏に聴いた『DIVE』、奇しくも本作をリリースした坂本真綾と同い年であった。
坂本真綾の音楽を知ったきっかけ
第2回となる ゼロ年代と、それ以前のシンギュラリティ── 影響を受けた音楽は多けれど、最初の音楽作品に本作を取り上げたのは、自身の純粋な感性に響いた作品ゆえである。
元々彼女の存在は、小学生の時から存じていた。当時はヱヴァンゲリヲン新劇場版:破が公開された時期であった。エヴァシリーズ初登場となる真希波・マリ・イラストリアスの声優として声を吹き込んでいる。
このとき以来、なぜか彼女の名前がひどく印象に残った。その後、本作に出会うまで坂本真綾の名を目にするたび、ヱヴァンゲリヲンのことを想起していた。
僕が音楽を広く聴きたいと思ったのは高校卒業のあたり。自身の感性や価値観を音楽鑑賞で養えたらと考えていた。
その中で知った声優アーテイストの存在。それまで知っていたのは声優アーティストといえば、紅白歌合戦にも出演していた水樹奈々、ラブライブ!シリーズなど。
TVなどのメディアで音楽は聴いていた(耳にしていた)が、その当時の自分にはいまいちピントきていない。正直あまり関心の持てなさそうなアーティスト分類だったと、ここで告白したい。
調べを進める中で、坂本真綾も音楽活動を行っていると知る。それも水樹奈々と同世代で、水樹と双璧を成すに近いくらいの積極的な音楽活動だとも。
ブルーでモノトーンな『DIVE』の深海
最初に手にした坂本真綾のアルバムがこの『DIVE』だった。
水辺に浸かる憂いを纏った少女の姿、レトロチックなモノクロのCDジャケット、いわゆるアニソンっぽいカラフルで明るい声優アーティストに辟易していたことから、それと対極なジャケットの雰囲気に完全に吸い込まれた。
CDジャケットでも魅力されたが、視聴を始めて、音楽のクオリティの高さに驚き打ちひしがれた。
しっとりとしたローファイな音像、ミュージシャンミュージシャンズによる豪華な演奏、雨を思わせる陰鬱な曲調の多さ、上質な楽曲の数々が、とても声優アーティストの音楽とは思えなかった。
しかも、本作はノンタイアップ。この手のアーティストがアニメ関連楽曲を全く収録せず、アニソンっぽい曲すら1曲も入っていない。
本当にアルバムとしてのクオリティーを追求した前衛的な音楽作品だった。
何より驚いたのが、当時の坂本真綾の年齢。
DIVEは、ラウンジテイストの『Baby Face』、R&Bな『Heavenly Blue』、フリージャズの『ピース』など、各ジャンルを意図的にポップスに落とし込んだ作品だ。
それを難なく歌いこなし、自然と伸びやかに発するその素直な声が、当時同い年としてすごく身近に感じられた。
音楽に「かっこいい」や「感動する」経験はあれど「身近に感じる」と思えたのは、このときが初めてだっただろう。
アルバム聴き終える頃には、坂本真綾の歌声に恋をしたかのように、惚れてしまった。
少女が歌う、愛と哲学の歌詞
DIVEの作詞は坂本真綾と、作詞家・岩里祐穂が大部分を手掛ける。一部を作詞家・Tim Jensenが担当している。
各楽曲の作詞クレジットは以下の通り。
『I.D』/ 坂本真綾
『走る (Album Ver.)』/ 岩里祐穂
『Baby Face』/ Tim Jensen
『月曜の朝』/ 岩里祐穂
『パイロット』/ 坂本真綾
『Heavenly Blue』/ 坂本真綾・Tim Jensen
『ピース』/ 坂本真綾
『ユッカ』/ 岩里祐穂
『ねこといぬ』/ 坂本真綾
『孤独』/ 岩里祐穂
『DIVE』/ 岩里祐穂
当時から好みなのが1.『I.D』と8.『ユッカ』の2曲。本記事を書きながらDIVEを通して聴いているが、その気持ちは相も変わらず。
特に8.『ユッカ』は強い印象を残した。愛と死をリフレインするサビが、同い年の少女からはっきりと発せられる事実に衝撃を受けた。
不確かだけど、未来を考え、愛と死という人生の命題を見つめる歌詞は、18の自分に強く刺さるものがあった。
未だにこのフレーズを聞くと、当時の自分を思い出し、そのときは人生について何を思っていたか自然と振り返ってしまう。
「坂本真綾だけが歌える、ありふれない恋のうた。」
この目次はDIVEリリースのキャッチコピーである。
本作のようなアーティスティックな作品を、90年代後半の当時にリリースした事自体、後の声優歌手のアーティスト路線を築いた歴史的一作だったと思う。
しかし、等身大または、ちょっぴり背伸びをした姿は、坂本真綾だけが歌える・見せられる姿。
当時の彼女のありふれない純真さに意義を挟むのは、野暮用ではないだろうか。
上述した通り、DIVEを初めて聴いた際、当時の坂本真綾と同い年だった。彼女の素直でまっすぐ感性に親近感を持ってふれられた瞬間は、もう体感することはできない。
しかし、このときの彼女は、確かに前を向いて歌を歌っていた。
二度と戻らぬ過去の日々、その日々が苦しいものでも、かけがえのないきらめきであり、未来へ踏み出すための輝きであったと気づかせてくれる。
過去を肯定するDIVEの優しさは、僕の心に深部まで灯っている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?