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『イマドキ昔ばなし』第一話


あらすじ

 公務員の良夫は、子供の頃から大の昔話好き。ある日、困り果てた白蛇を助ける。翌日、白髪の美しい女性が「恩返しをしたい」と現れる。それから人間と白蛇(?)の不思議な生活が始まる(第一話)。
 日本一のお笑い芸人になりたい狗神、日本一の演歌歌手になりたいミケ、日本一のアダルトVRを開発したいニョロは、爺ヶ岳が管理するシェアハウスに住み、夢に向かって頑張っていた。ある日、3人はひょんな事から〈願いを叶える尿道結石〉を手に入れ、日本一の夢を叶えてしまう(第二話・第三話)。
 『蛇女房』『いぬとねことうろこ玉』など、昔話を現代風にアレンジした、笑いありホロリあり、すこしふしぎなオムニバス物語。

補足

・『イマドキ昔ばなし』は、昔話を題材にした一話完結のオムニバスです。文字数の都合上、二話・三話は前後編として分割して投稿しています。
・元ネタの昔話は、絵本やアニメになるような有名なお話がメインです。偶に、長野県の昔話や伝説を元に書く事もあります(作者が長野県出身のため)。その際、元のお話を知らなくても楽しめるようにアレンジをします。尚、物語は原則ハッピーエンドです。

本編

※舞台は架空の町「N県佐久田市」。山に囲まれ、田畑が広がり、大きな川が流れ、ローカル線がのんびり走る、のどかな田舎町。

〇商店街・古本屋(春頃。夕方)
 受付に座る六十代位の老人。
 入店する良夫よしお。160センチ程度、メガネを掛け、ちょっとお腹が出ている。地味な服装で、首から〈市の職員証〉を提げ、リュックを背負う。また、丸めたポスターを持っている。
店主 「いらっしゃ~い。おぉ、武者むしゃさん。今日も宝探し?」
良夫 「はい。それとコレのお願いに」
 ポスターを受け取る店主。下水道施設の完成図と〈佐久田市新下水道管理センター 市民見学会〉の文字。
店主 「やっと完成か。孫連れて見に行くだな。…ん? 婚活?」
 ポスターの隅。〈婚活イベント マンホール巡りでステキな出会いを!〉の文字。
 本棚を物色する良夫。どこか興味無さげに答える。
良夫 「やるみたいです、でも集まりが悪いそうで。居ませんか? 知り合いに結婚したい人」
店主 「居るとも、ここに」
 手を止める良夫。店主に顔を向け答える。どこか遠慮がちな様子。
良夫 「…でもこれは、市民向けの企画で、職員は…」
店主 「イイじゃないか。あるかもしれんぞ? 運命的な出会いが」

 帰路。
 田植え前の田圃。巡回バスの停留所。畦道を走る軽トラック。助手席に買い物袋が二つ(古本用と、割引の惣菜が入ったもの)。バックミラーにぶら下がる〈恋愛成就〉のお守り。ぶつぶつと独り言を言いながら運転する良夫。
良夫 「そりゃ僕だってしたいさ。でも居るわけ無い。デブでチビで眼鏡で三十三歳の昔話おたくを好いてくれる人なんか…」
 視線の先にゴミ捨て場。酒の空瓶が目に入る。

〇市営住宅
 古びた一軒の住宅。周囲の夜よりも尚暗く、陰鬱で不気味。扉や窓にガタが来ており、簡単に忍び込めそう。
 居間。本棚代わりの段ボール箱にぎっしり詰まった書籍、カッパや天狗など、昔話に登場する生物の置物。部屋の中央辺りに古びた布団。枕元にノートパソコンと平積みの本が数冊。
 高校時代のジャージを着た良夫。
 ガムテープで口が閉じた酒の一升瓶、その中に閉じ込められた一匹の白蛇。瓶のテープを剥いでいく。
良夫 「可哀想に。誰かに捕まって、閉じ込められたんだね」
 瓶を横に置く。ゆっくりと這い出る白蛇。白蛇の目の前に、総菜を乗せた皿を置く。
良夫 「お腹空いてるよね。好きなだけ食べて」

 就寝時間。
 新聞を敷いた段ボール箱で、とぐろを巻く蛇。
 心配そうに声を掛ける武者。
良夫 「ゴメンね、ボロいベッドで。明日買ってきてあげるから。じゃあ、おやすみ」

 眠る良夫。
 箱の中から顔を出し、良夫をじっと見つめる蛇。カーテンの隙間から注ぐ月光が、一冊の本(佐久田市の昔ばなし)に当たる。箱から這い出る蛇、尾を使い、本を開く。『九内の蛇女房』と書かれたページで、男が蛇を助ける挿絵がある。

*****
〇翌日(朝)
 山から朝日が昇る。鳥のさえずり。
 良夫の頬に触れるリンダの手。
リンダ「おはようございます、武者さん」
良夫 「…おはよう、ございま…。…!?」
 目を開ける良夫。リンダの顔が目に入り、呆然とする。
 枕元に膝をつき、優し気に微笑むリンダ。白銀の髪、金色の瞳、色白で190センチ近く、ファッションモデルのようにすらりとした体型(夏場でも露出を控えた服を着る)。
良夫 「ど、どど、どちら、さま、で?」
リンダ「あの時助けて頂いた者です。恩返しに参りました」
良夫 「おっ…、おん、がえし!? 恩返しって…、まさか…!」
 ハッとして段ボール箱を覗く。蛇の姿は無くウロコが数枚残されている。
良夫 「居ない…。って事は、この人はあの白蛇…? いや有り得ない、昔話が現実になるなんて…」
 混乱する武者。ぶつぶつと独り言を呟く。
 落ち着いた様子のリンダ。
リンダ「朝ごはんが出来ました。お召し上がり下さい」

 居間。布団や本を出来るだけ部屋の隅に置き、二人が座れる空間を確保している。ちゃぶ台に豪勢なフランス料理が並ぶ。
リンダ「ザリガニのブイヤベース、カエル脚のから揚げ、エスカルゴの蒸し焼きです」
良夫 「(カエルにカタツムリって…。絶対、そうじゃん…)」
リンダ「いけない、子供達を起こさないと。(玲央レオ志文シモン斗真トマ杏璃アンリ紗良サラ恵茉エマ)。朝ですよー」
 隣の部屋に行くリンダ。
良夫 「…子供?」
子供達「うわああぁぁぁー!!」
良夫 「!?」
 ドタドタと廊下を走る音。現れるパジャマ姿の子供達。良夫に抱きつき、頬ずりしたり、ニコニコと笑い合う(子供は男子三人、女子三人の六つ子)。
子供達「パパンおはよー」「ねぇー、おりがみしよー」「あんぱんまんごっこー!」
リンダ「ダメです。パパンはこれからお仕事です」
子供達「じゃーおしごとするー!」「おしごとおしごと! パパンとおしごとー!」
 はしゃぐ子供達。
 一人、呆然とする良夫。
良夫 「パパン…? それって、つまり…?」

〇市役所・水道課(昼休憩)
 自席で弁当を食べる職員達。
 弁当(フランス料理)には手を付けず、真剣な様子で〈佐久田市の昔ばなし〉の本を読む良夫。
(※男が白蛇を助けたり、女性が男の元を訪ねる等、昔話にちなんだ挿絵が入る)。
良夫 「(―――昔々、佐久田のある村に、九内くないと言う男が住んでいました。ある日、弱っている白蛇を見つけ、助けてあげました。それから何日か経って、九内の家に一人の女性が訪ねて来ました。「九内さんに世話になった者です。恩返しに参りました」。そして一緒に暮らし始め、二人の間には子供が生まれました―――)」
 真剣な様子で考えこむ良夫。
良夫 「白蛇を助ける、女性が恩返しにやって来る、子供が生まれる…。似てる、この昔話と…。でも、あの子達は僕に似てなかったな…」
 近くの席に座る、良夫より年上の同僚が声を掛ける。
同僚 「どうしたぁ? 飯も食わずに考え事か」
良夫 「はい、彼女の事で…」
同僚 「おおっ! ついにその時が来たか! で、どんな人だ?」
良夫 「美人で、背が高くて、料理上手で、気配りが出来て、白い髪と金色の…」
同僚 「あぁ~。リンダさんか」
良夫 「はい。倫理の倫に蛇と書いて倫蛇…、!?」
 目を丸める良夫。
良夫 「なっ、なんで知ってるんですか!?」
同僚 「奥さんが世話になってんだよ。…って、武者君こそ知らんのかぁ? リンダさんを」

〇自宅・居間(夜)
 ちゃぶ台に、市民向けの講座や案内のチラシ。〈楽しく作ろう フランス料理〉〈挨拶から日常会話まで フランス語講座〉〈フランス絵本の読み聞かせ〉。講師は〈リンダ/倫蛇〉。(チラシの発行元は〈市民生活課〉)。
 夕飯の片づけをするリンダ。
 腕を組み、真剣な様子でメモを読む良夫。メモにはリンダの個人情報が書かれている。
良夫 「(二十代、フランス人女性、三年前に来日、五つ星レストランで勤務経験あり、夫と死別…。よく考えたな、この設定。これなら全然怪しまれない。意外に出来るぞ、この白蛇…)」
リンダ「どうされました? 困った顔をされて」
良夫 「えっ、えっと…。この国で生活するのは大変だろうなって。里帰りだって簡単には出来無いし」
リンダ「ここに来ると決めたのは私の意思です。それに、親にはいつでも会えますから」
 良夫のノートパソコンのカット(ネットで繋がると言う意味で。伏線)。
 それには気付かない良夫、ぶつぶつと独り言。
良夫 「確かに。この辺りは川や用水路が多い。遡れば生まれ故郷の沼地に辿り着く…」
 ミシミシと軋む音。良夫の腕を掴み、寄り添うリンダ。
リンダ「きゃぁ!地震!?」
 シリコン製の棒で柱を叩いたり、フラフープや大玉を廊下で転がす子供達。
子供達「てぇーい!」「やー!」「あははははー」
リンダ「やめなさい! お家が壊れちゃいます!」
良夫 「僕が悪いんです、こんな所に住んでいるから」
リンダ「そう言えばどうして?」
良夫 「三年前、お金の使い道で家族と揉めて。当ても無いので、取り壊し予定の市営住宅を借りてるんです」
リンダ「…そうでしたか…」
 心配そうな顔を見せるリンダ。(良夫は気付かない)。
良夫 「独り身には丁度良いけど、子供達には窮屈だよな。収集物コレクションも増えてきたし、もっと広い部屋があれば…」
リンダ「それでしたら―――」

*****
〇市内(後日)
 市街地から離れた場所。広大な田圃に囲まれ、ぽつんと立つ立派な屋敷。瓦屋根で、立派な造園と池、大きな蔵を有する。また、車庫に田植えや稲刈りの機械がある(自家用車は無い)。屋敷の二階から手を振る子供達。
 屋敷前に、良夫の私物が乗る軽トラック。屋敷を見て呆然とする良夫。嬉しそうなリンダ。
リンダ「お部屋ならたくさん有ります。お好きに使って下さい」
良夫 「…は、はい…」

*****
〇市役所・ロビー(七月頃・午前中)
 佐久田市内の地図、酒や米の名産品紹介、〈皆様の声をお聞かせ下さい〉と書かれた意見箱。フランスのある町と友好都市になった記念の写真。市長と役員、フランス人数人が写る。その中に、フランス人のメタボの料理人夫婦の姿が(夫の顔は見えないようにする)。

〇同・水道課
 仕事のフリをして、膝上に置いた〈佐久田市の昔ばなし〉を見る良夫。
良夫 「(同居して三ケ月。特に問題は無い、かな。このまま何も起きなきゃ良いけど…)」
 机を叩く音。厳しい顔をした上司。
上司 「今は読書の時間か?」
良夫 「…えっと…、市民から佐久田市の昔話を教えて欲しいと…」
上司 「それは司書の仕事だ。余計な事に首を突っ込むのが公務員の務めか? あの一件で理解しただろう。兄妹きょうだいと偽り助けたところで、何一つ得る物は無かったと」
良夫 「……」
 言い返せず黙る良夫。過去に何かあった様子。
 段ボールを手に、受付に現れるフィリピン人女性。
女性 「コレ、オクリタイ。フィリピンデス。ドウシマスカ?」
上司 「ここは水道課です。お引き取り下さ…」
良夫 「郵便局、ポストオフィス。廊下の突き当りにあるので、一緒に行きましょう。この玩具、リチウムバッテリーが入っていると送れませんよ」
 席を立ち、女性を案内する良夫。
 眉を顰め、良夫に厳しい視線を向ける上司。

〇屋敷(夕方~夜)
 屋敷周りの田圃。田植えが終わり、青々とした稲が夜風に揺れる。
 
 風呂上がりの子供達。パンツ一丁で走り回る。
 パジャマやバスタオルを抱え、追いかける良夫。嫌な顔はせず、子供達と一緒になってはしゃいでいる。
良夫 「待て待て待て~!」
子供達「かいじゅうパパンー! にげろー!」「きゃーっ!」
 台所。調理中のリンダ。コンロに大鍋が二つ、一つは鯉のあらを煮込んだブイヤベース、もう一つは小鮒をフランス料理風に煮込んだもの。火加減を見たり、味見をする。
 冷蔵庫に貼り紙(〈こどもSOS(小児科の病院)〉〈子育てサポートメンバー(日本人とフランス人の名前、電話番号)〉)。ラミネート加工された紐付きの〈佐久田こどもパスポート〉もぶら下がる。いずれも発行元は〈市民生活課〉。小さなホワイトボードに出荷予定の書き込み(リンダは道の駅に隔日で惣菜やスイーツを卸している)。
リンダ「ありがとうございます。子供達の面倒を見て頂いて。お陰でゆっくり仕込みが出来ます」
良夫 「僕はパパンですからね。ほらー、捕まえたー」
子供達「うわー!」
 真剣な顔をするリンダ(良夫には見えない)。
リンダ「…ところで、武者さんも移動するんですか?」
良夫 「三年ごとに。でも水道課こっちに来たばかりなので、しばらくは」

 二階の寝室。川の字に敷かれた布団。中央で寝る子供達。両側に大人の布団、いずれも空。
 
 一階の居間に武者一人。ぼんやりとテレビを見る。傍に〈佐久田市の昔ばなし>が置いてある。
良夫 「どうして移動の話なんか。年度末でも無いのに」
 テレビ。地元のニュース。七十代位の男性の会見。
テレビ『―――佐久田市の伴野市長は会見で、任期満了に伴う佐久田市長選へ出馬しない方針を示しました―――』
良夫 「そっか。トップが変わるから、僕も何かあると思って…」
 ふと何かを思い出し、〈佐久田市の昔ばなし〉を読み始める。
良夫 「…確か女性が来てからだよな、九内の生活が変わるのって。えっと…、彼女の計らいで始めた商いが当たり、村一番の長者になる。長者、今で言えばセレブ、組織のトップ…」
 良夫の顔色が変わる。ニヤニヤと笑う。
良夫 「僕が、トップ…」

*****
〇支所(九月頃・晴れ)
 古びた二階建ての建物。入口に貼られたA4の紙に、<佐久田郷土学習館>と手書きで書かれている。敷地内には古びた遊具や桜の木、大きめのプレハブ倉庫が一つある。
 館内。外の天気とは違い、ジメジメと埃っぽく薄暗い。
 受付(事務所)に一人座る良夫。元気は無くぼんやりしている。良夫の手に地元紙、下水道施設をバックに立つ役員と新市長(四十代男性。良夫とは正反対に、背が高くがっちりした体型、清楚で男前)。
 ガラガラ、と扉を開ける音。無気力気味に対応する良夫。
良夫 「いらっ~しゃ~いま~せ~」

 外の倉庫。中には漁具や農具、平成以前の家具や学校関係の道具、山積みの段ボール箱が置かれている。木製の船に乗り、桶や網を持ってはしゃぐ子供達。
子供達「いくぞー! たからじまー!」「すすめー!」「さめにたべられちゃうー!」
リンダ「大出世ですね! 学習館の館長さんなんて!」
 嬉しそうなリンダ。
 良夫の首に〈郷土学習館館長〉の職員証。
良夫 「みんなも言ってました、適任だって」
 あまり嬉しそうでは無い良夫。ぽつりと呟く。
良夫 「…放っておけないんです、困っている人を見かけると。だからついやりすぎて。それが迷惑だって…。お荷物だから移動させられたんです…。市民からも名指しの苦情が多く来たって言うし…」
リンダ「苦情じゃないです! 提案です!」
 目を丸める良夫。
良夫 「!? リンダさんが!? どうして」
リンダ「武者さんの為ですよ」
良夫 「僕の為って…。定年までここに居るんですよ? 毎日何すれば…」
 ハッと何かに気付く良夫。

*****
〇屋敷(後日・夜)
 月光に照らされた田圃。金色に輝く実った稲が輝く。 
 
 一階、良夫の部屋。本棚に詰まった書籍、棚に並ぶ置物。蛇のウロコが入った例の一升瓶。
 パソコンで作業する良夫。
 襖が開く。夜食を持ってくるリンダ。
リンダ「失礼します。お夜食です」
良夫 「今日もありがとうございます」
リンダ「まぁ、郷土館の改装?」
 パソコンの画面。〈佐久田郷土学習館改装計画〉の文字。
良夫 「昔話の紹介に、漁具や農具の展示。館長トップなので、思う存分好きな事しようかなって」
リンダ「私もお手伝いしますね。そうそう…」
 婚姻届けを取り出すリンダ。既に自身は記入済み。
 目を丸める良夫。
良夫 「こ、婚姻届け…」
リンダ「内縁のままでも良いのですが、世間体がありますので」
良夫 「そう、ですね。書いたら出しときます」
リンダ「お願いします。では、おやすみなさい」
良夫 「おやすみなさい」
 部屋を出るリンダ。
 改めて婚姻届けを見る良夫。どこか複雑そうな様子。
良夫 「結婚か…。そりゃしたいよ。でも…」
 ガラガラ、と玄関を開ける音。
 眉を顰め、忍び足で掃き出し窓へ向かう良夫。カーテンの隙間から外の様子を伺う。
 懐中電灯と蔵のカギを手に、蔵へ向かうリンダ
 良夫の脳裏に浮かぶリンダの言葉。
リンダ『―――武者さん。一つだけ約束があります。蔵には入らないで下さい。何があっても、覗いてはいけません』
 蔵の格子窓。光に照らされたリンダの影が、妖しく気味悪く揺れる。
良夫「……」
 良夫の顔が強張る。額から流れる一筋の汗。

*****
〇市内・公園(十月頃・晴れ)
 園内に櫓風の建物。櫓から山を見る良夫、リンダ、子供達。
良夫 「みんなが生まれるずっと昔、デーランボゥって言う大きな人が住んでたんだ。あの山は、デーランボゥが作ったんだよ」
 園内にある大きな窪地を指さす良夫。
良夫 「あそこの大きな穴、あれはデーランボゥの足跡なんだ」
 園内にある大きな石を指さす良夫。
良夫 「あれはデーランボゥが山を作る時に落とした石。みんなは持てるかな?」
子供達「持つー!!」
 大石に駆け寄る子供達。石を引っ張ったり、押したりする。
 その様子を櫓から見守る良夫とリンダ。微笑まし気に見つめる良夫。
 複雑そうな様子で見るリンダ。さりげなく、良夫の手を握る。
良夫 「…リンダさん?」
 リンダを見る良夫。良夫を見るリンダ。目が合う二人。
 真剣な様子で話すリンダ。
リンダ「武者さんのお陰です。毎日が幸せだと感じられるのは。だからこそ、この幸せが、いつまでも続くようにと願うばかりです…」
良夫 「……」
 複雑そうな様子の良夫。
 櫓の下から声を掛ける子供達。
子供達「パパンとママンもてつだうー」「みんなでうごかすー!」

  石を取り囲む良夫達。思い思いに石を掴んだり、押そうとする。
子供達「せーの! あん、どぅ、とるわー! あん、どぅ、とるわー!」
良夫 「あん、どぅ…」
リンダ「とるわーっ!」
 先程見せた顔とは違い、笑みを浮かべ、嬉しそうに参加するリンダ。
 リンダの笑顔が良夫の目に入る。その瞬間、何かを決心する。

*****
〇良夫の生活
 平日。学習館で仕事(資料整理)をしたり、老人ホームで昔話の聞き取りをする。
 休日。リンダや子供達とピクニックや買い物をする。
 
 十一月。七五三。おめかしした子供達、スーツ姿の良夫、着物姿のリンダ。慣れない着物で足元がふらつき、思わず転びそうにリンダ。すかさず手を取る良夫。互いに見つめ合い、照れる。
良夫 「(微妙な趣味だよな、昔話って。地味で古臭くて子供っぽい。昔話を知ってるからって、日常生活には何の役にも立たない。でも今はそれが誇らしい。だって、そのお陰で出会えたんだから。一生を共にしたいと思える存在ひとに)」

 後日。
 良夫の自室。一人嬉しそうにアルバムを眺める。子供達と田植えや稲刈りをした写真、七五三で撮った二人だけの写真(新郎新婦風)。
良夫 「(僕は知っている。幸せで居続けるには何をすべきか、何をしてはいけないか。この幸せを守る為に、僕は―――)」

*****
〇後日(秋の終わり・夜)
 稲刈りが済んだ田圃。二人の関係に終わりが見えそうな雰囲気。

 蔵。入口近くの金具にぶら下がるカギ(蔵は閉めると中から開かないので、カギを持たずに入る)。少し開いた扉から微かに漏れる明かりと軋む音。蔵の前に立ち、扉に右手が掛けている良夫。心の中で葛藤(見たい/見てはいけない)している。
良夫 「これから夫婦になるんだ、隠し事は無しにしなきゃ。…でも…」
 脳裏に浮かぶ昔話と挿絵。半人半蛇の女性と驚く男、廃墟と化した屋敷、寂しく立つ石塚。
物語 『―――九内が襖を開けると、そこには半分蛇の姿をした女性がおりました。〈姿を見られたからにはもう傍には居られません〉。女性はそう言うと子供を連れ、山奥の沼地へと去っていきました。全てを失った九内は、ずっと一人ぼっちで暮らしました―――』
 左手で右手首を掴い、開けまいと必死に抵抗する。
良夫 「昔話おたくなら知ってるだろ! 〈見るなのタブー〉を犯したら、あの子達や仕事を失うだけじゃない、リンダさんにも、二度と会えなくなる! イヤだ!! そんな事、絶対!!」
 歯を食いしばり、耐える。だが、良夫の顔が徐々に綻び、ニヤニヤと笑い始める。
良夫 「でも見たいよなぁ、人間が蛇に変わるとこぉ」
 突然、蔵の中からガタガタと物音が響く。消える照明。
良夫 「! リンダさん!?」
 ハッとする良夫。勢いよく扉を開け、中に入る。
良夫 「どうしたんですか!? リンダさんっ!」
 手探りで階段を上る。ゴロゴロと前方から物音、何かが転がってくる。良夫の傍を通り抜け、階下に落ちる。振り返る良夫、何かを見つめ、顔が引き攣る。
良夫 「!?」
 何かは、腰辺りから引き千切られた良夫の上半身。顔半分が食い千切られている。
良夫 「ぼ…、僕の…、し、した…」
リンダ「武者さん」
良夫 「!?」
 良夫の目の前に金色に輝く邪眼。蛇に睨まれた蛙さながら、身動き出来ない良夫。
リンダ「見てはいけないと、約束しましたのに…」
 良夫の腰辺りに何かが巻きつき、ギリギリと締め上げていく。恐怖で息が止まる良夫。全身から噴き出す脂汗、ガタガタと鳴る歯。妖しく輝き続ける邪眼。
リンダ「さぁ、武者さんも味わって下さい」
良夫 「…うわああぁぁぁぁっ!!」

 パッと周囲が明るくなる。
 壁際で尻餅をついている良夫。恐る恐る目を開ける
良夫 「……、あれ? い、生きてる…? …ん?」
 良夫の身体がブルブルと震えている。いつの間にか腰に巻かれたダイエット器具。周囲を見渡すと、シリコン製のダイエット器具やフラフープが置いてある。階下には、先程転がっていったバランスボール。
 不思議そうな顔をする良夫。
良夫 「これって、ダイエット器具? なんで…」
 ふと壁を見る良夫。コック姿のメタボ夫婦の写真(夫は良夫に似ている)。
 何かを思い出す良夫。思わず叫び声を上げる。
良夫 「も、もも、もしかして! リンダさんって、あの時の妊婦さんっ!?」
リンダ「その言い方、もしかして気付いてなかったんですか?」
良夫 「だって、あの時と全然違うから…。でも、何で覗くなって…」
リンダ「運動してるところは恥ずかしくて見せられませんから」
 頭にタオルを巻いたジャージ姿のリンダ。
良夫 「そんなの、別に隠さなくても…」
 ハッとする良夫。
良夫 「もしかして、〈恩返し〉って…」
[過去:三年前。市民生活課の窓口。陣痛に苦しむリンダ。到着した救急車に乗り込む良夫。病院、出産後。別室に六つ子。通訳のフランス人。〈空き家バンク〉〈佐久田こどもパスポート〉の申請書を代理で記入する良夫。良夫に前夫を重ねるリンダ]
リンダ「身寄りの無い私を、親族と偽り面倒見て下さいました。空き家の紹介に仕事の斡旋。あの時はたくさん助けて頂きました。今度は私が、いえ、私達が、武者さんのお力になる時です」
 良夫に手を貸し、立たせるリンダ。良夫の体型をじっと見つめる。
リンダ「やっぱりお腹周りが気になりますね。太り気味は健康に良くありません。今夜から鍛えますよ! さぁ、un、deux、trois!」
良夫 「は、はい。あ…、あん、どぅ…」

*****
〇学習館(四月・新年度)
 咲き始めた桜。駐車場に普通車のワゴンと軽の配送車。
 学習館の扉に〈佐久田市郷土学習館 四月下旬リニューアルオープン〉〈入場無料 平日九時~十六時 土日祝日要相談〉〈地域の歴史を楽しく学ぼう〉の貼り紙。

 建物外。長い竹箒を手に、蜘蛛の巣を払う良夫。左手薬指には結婚指輪。
良夫 「展示品の整理、ホームページの立ち上げ、学校に配る案内も作らなきゃな」
リンダ「良夫さ~ん」
 二階から顔を出すリンダと子供達。リンダの手にはモップ、子供達は雑巾。
リンダ「二階の掃除終わりました~」
良夫 「ありがとうございまーす。午後は飾り付けをお願いしまーす」
 配送車の荷台から段ボール箱を降ろす古本屋の店主。
店主 「助けた女性が伴侶になるとは、まるで昔話だなぁ。そうだ、昔話と言えば…」

 研修室。昔話を纏めたパネルが数点、まだ飾られておらず、壁に寄り掛かっている。〈九内の蛇女房〉のパネルを見る良夫と店主。
店主 「この話、俺が知ってるのじゃねえけど」
良夫 「僕が知っているお話です」
 嬉しそうな良夫。
 パネルには男と半人半蛇の女性、六匹の小さな蛇が仲睦まじく笑っている絵。日本語・英語・フランス語の文章が付いている。
 [日本語:そしていつまでも仲良く幸せに暮らしました]
 [英語:and they lived happily ever after]
 [フランス語:ils vécurent heureux pour toujours]

『イマドキ昔ばなし』第一話  終


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