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推しと私④ 人生を変える出会い

孤独な育児、険悪な夫婦関係、合わない土地、
コロナ禍で外出がままならない中、わずかな光が差し込んだ。
 
Twitterと、そして、友人Aさんの出会いだった。
 
「誰でも困惑することなく読めて、他人とあまり被らない名前」という意図で
「イロ」と付けた小さな小さな、フォローフォロワー数十人のアカウント。

 
ある漫画作品の感想を壁打ちしていたら、
声をかけていただいて仲良くなれた人がいた。
 
彼女に勧められて長文の二次創作を書いたりもしてみた。
彼女は絶賛してくれた。
  
「イロさんの文章には温度と匂いがある」
と彼女が言ってくれた時の感動は忘れられない。

 
私は、小さい頃から漫画家か小説家になりたかった。
「本を出す」ということに憧れがあった。
何も持たない、こんな自分の書いた文章だけど、
もしも多くの人が読んでくれたら、どんなに幸せだろう、と思っていた。
感想なんて届いた日には、飛び上がるほど嬉しいんだろうな。
漫画家の巻末コメントを読んだりしながら胸を膨らませていた。
 
でも、世の中にすごい人はいくらでもいる。
二次創作の世界でも、神と呼ばれる人たちはたくさんいて、
私なんて、足元にも及ばない。
上手い人たちの文章と比べようもないほどの自分の文章の稚拙さはわかっていた。
 
 
でも、彼女は「イロさんの書くものは読みやすいし、面白いし、心に響く」と言ってくれた。
そんな風に存在を認められたのは、営業職で店舗1位になった時以来だった。
いや、あの時よりずっとずっと嬉しかった。

今ならわかる。私にとっては経済的に満たされるよりも、誰かから人柄や、話すことや文章を褒められることの方が何倍も嬉しい。
 
結婚生活で経済的には満たされていた。
でも、全く幸せではなかった理由。
ここでは、「私の人柄や能力」は何の意味もなかった。
結婚して7年、すっかり忘れていた感覚に、私は舞い上がった。

 
プロにはなれなくても、私は文章を書くのが好きだ。
その思いが強くなっていった。

小説家になれなくてもいい。本も出せなくてもいい。
毎日溢れる思いをツイートや二次創作に載せた。
どんどん書けるようになっていくのがわかって、本当に楽しかった。


少しだけ人生が上向いた頃、息子は1歳になった。
まだまだ手はかかるけど、1日に6時間くらい眠れる日も増えてきて、
Aさんとの関わりの中で、
「今まで私が勝手に人を助けてくれない認定していたのかもしれない」と思い、
義母さんに「一晩ゆっくり寝たいんです」とお願いすると、快く息子を週1回、夜預かってもらえるようになった。
このことで劇的に体調が良くなってきた。

 
息子は離乳食も進み、立ち、歩くようになり、喃語も話し始めた。
息子はおしゃべりで、1歳になる前には「ママ」と言った。
むちむちの小さな体で元気いっぱい遊び、好き嫌いせず、日に日に大きくなる息子にようやく子育ての幸福感も感じ始めていた。

 
息子に授乳したり、寝かしつけながら彼女とやりとりをするのは本当に楽しかった。
同じく小さな子どもを持ち、旦那さんともラブラブで、美しくて、でもゴリゴリにオタクでよく笑う彼女は私の憧れだった。


そんな頃、「イロさん最近私BTSにハマったんです」と彼女が教えてくれた。

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