オリンピック一試合も観てないのに、観たフリをして会話に馴染んだ私の罪。
もはや誰が何の種目で出場して何メダルを獲ったのかも知らないくせに
「アベの金メダルは感動しましたよね〜」と適当な相槌を打ち
さらに罪を重ねた罪。
寒がりだから家ではほとんど冷房を消してるのに
「寝る時の冷房の設定温度は何度か?」に
「28.5度」
と答えてまたさらに会話に馴染んだ罪。
「オリンピック一試合も観てない」「冷房ほとんど付けない」
って言ったら
「思想強めのヤバい人なのでは」「普通と違う自分を演出したいだけの痛い奴では」「環境保護運動家グレタさんの手下か」「ケチな人なのかな」
とか思われそうだから。
でも職場の人たち、みんなやさしいから
正直に言っても良かったのかな。
でも職場の人たち、みんなやさしいから
「そんなに仕事忙しいの?」「業務分担見直そうか?」「疲れてるの?」
って心配させてしまうかもしれないから
やっぱり嘘をつくしかなかったと思う。
だから罪ではなく優しい嘘と思いたいが
嘘をつくたび、心にちょっと小さいしこりが生まれる。
それがいつの間にかカビみたいに深々と根を張って
今までたくさんついた小さな嘘について夜な夜な考えている。
せっかくニュース番組でオリンピックのハイライトが流れているのに
やっぱりチャンネルを変えてしまう罪。
明らかにパラリンピックが開催してることに気付いてるのに
観ようとしない罪。
そしてまた適当な相槌を打って会話に馴染む罪を繰り返し
一向に更生しようとしない。
頑張っている逞しくて爽やかな人たちを見ると
卑屈な気持ちになってしまって、私はより頑張りたくなくなる。
そうやって普通の人とは違います感を演出しておきながら
傷つきたくないっていう弱さから
うわべだけ社会に馴染もうとする罪。
いざとなったらいつでも社会に馴染めると思っているつもり。
でも実際は馴染めないことに気づいた時にはきっと後の祭り。
そんな自分が嫌いになる夏の終わり。
***
下書き保存したまま数か月が過ぎ、そして夏が終わろうとしていることに気づき、慌てて投稿する。
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