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一昨日、北九州市長選挙の投開票があり、新市長が誕生することになりました。
4期16年間務められた北橋市長は退任され、次の市長へバトンが渡されることとなりました。

この16年間の北九州市の歩みを振り返ってみようと思います。
ぼくの個人的な感想ですので、ご了承ください。
知識不足、勉強不足、誤った記載もあるかもしれません。先にお詫びしておきます。


ホントは、昨日、書き上げるつもりでしたが、北橋市長への個人的な思いが多く、そこまでとなってしまいました汗

冒頭の写真は、北九州市の世界遺産である八幡製鉄所の巨大モニュメントです。ラタ: reautnt|noteさんの作品を使用させていただいています。ありがとうございます。

日本の生産業を牽引した八幡製鉄所は、北九州市の誇り・魂です。その後、公害克服などで、市民が立ち上がり、改善していきました。

新日本三大夜景もこの工場群とも関連がありますね。
400年受け継いできた小倉祇園太鼓は国の無形文化財にも選ばれました。
戸畑祇園山笠はユネスコ無形文化遺産に。
若戸大橋も国の重要無形文化財に選ばれました。

北九州市で受け継いできたものが、大切な財産だとして選出されています。
北橋市長は、このような『文化』をとても大切にする方でした。
松本清張や杉田久女など、詩人や文学作品などの維持・発展に注力されていました。

カタチに無いものを大切にする。
人の心や気持ちに根ざしたものを大切にする。
そんな政策が多かったように思います。


おにぎり事件を発端に、『人にやさしいまちづくり』をテーマに取組まれました。
すぐに始まったのが『いのちをつなぐネットワーク』事業です。
通称:いのちネットと呼んでいますが、社会的孤立死を無くしていこうというもので、見守り合い、支え合いに注力していきました。
各区の担当窓口の設置や社会福祉協議会との積極的な連携も深まりました。


環境未来都市の政策も進められました。
公害克服の歴史や、女性の活躍による市民活動、社会教育の歴史。
また、環境教育による発展=ESDなどが認められて、
国、さらには世界に選ばれる環境未来都市となりました。

これまで培ってきたもの、受け継いできたものをまとめて、国や世界に発信していった結果です。
その後、SDGs未来都市へと選定され進んでいきました。

第4期の公約での『SDGsを推進する』というテーマは力強く、
産学官民連携のもとSDGsクラブの設立や、最近ではステーションも設置されましたね。
『未来を築いていく』
『環境を次世代に引き継いでいく』
そうした想いを強く感じました。

リデュース・リサイクルを強力に推し進める若松でのエコタウンや、
水素タウンなどの未来のまちを目指した東田でのスマートシティ、
響灘では、陸上の風力発電だけでなく洋上風力発電も進んでいくところです。

未来を意識したSDGs施策は、
今後、ESGを意識した選ばれる街になっていくものとぼくは信じています。


環境に関する施策は、このように大きな構想や、市民からは見えにくいものが随分と進んだように思いますが、
ゴミの分別や収集体制も劇的に改善していったと感じています。

ゴミの収集場所、ゴミステーションは、昔では考えられないほど、多くの場所に設置されています。
ゴミの分別や指定袋の有料化など、市民に影響する変化はありますが、前述のとおり、資源を無駄にしない取組みが加速していきました。


民主党系から立候補され、市政運営をされてきましたが、国政での自民一強が続くなか、市議会も了承のうえ、北橋市長は自民党からも支持をいただくようにシフトチェンジされていきました。

これまでの政治信条などを捨て、批判を覚悟の上、北九州市の国とのパイプをより強化にしようという強い意志が表れていました。

コンクリートから人へ。
ハードからソフトへ。
そのように進められてきましたが、
自民党との連携を深めながら、公共事業もどんどんと進んでいきました。

黒崎周辺にはバイパス道路が建設され、渋滞緩和になっています。
さらには、一本物のオーバーパスが線路をまたぐように国道3号線に掛けられました。また新たなルートが生まれることでしょう。
都市高速道路も戸畑方面と枝光方面が繋がり、周回できる予定です。
若戸トンネルも開通し、若戸大橋も無料化しました。
本州との第3ルートである、下北構想も進んでいます。

北九州空港は夜間でも発着できる空港として、国際便の輸送も進んでいます。更なる滑走路延長で大型航空機の乗り入れ可能になることを目指しています。
東九州道も開通し、九州北端の物流拠点として、九州に東西、また本州に向けてのルート確保ができています。
門司区の東側を通るルートも計画がさらに進んでいます。

こうしたハード系を推進する自民党、国政とのパイプは、すぐには評価が見えないと思いますが、将来への投資になっていると感じます。


市政評価で毎年トップクラスなのは、
安全安心、医療、子育てです。
これらも強く推進してきました。

北九州市は黒い街としたイメージが根強かったですが、警察とも連携した暴追運動は、一歩も引かない強い意志が現れ、犯罪件数も昔に比べたら各段に減っています。
銃撃事件なども起きていくなか、まさに身をていした取り組みになりました。

安全や安心の絶対的な根幹として、『平和』があると思います。
北九州が原爆投下の目標にされた場所であったことなど、戦争の悲しみや繰り返してはならぬとの想いを表現されていました。
毎年、慰霊祭やナガサキへの想いを込め、非核宣言もされました。
今年度には『平和のまちミュージアム』も設立し、未来へと平和の願いを繋げていきます。

北九州市は病院が多く、救急搬送の受入れは全国トップクラスです。通報から病院に到着するまでの時間の速さも全国1位です。
そうした医療資源が充実していることに加え、病院間連携も進んでいきました。

特に、子どもへの医療体制については、夜間救急病院の充実など、全国的に見ればとても整っているものです。
保育園の受入れも充実していきました。
保育料も安くなりました。医療費も上限額が設定されました。
放課後学童保育クラブも全小学校区に設置されました。

子育てにおいては、『日本一を実感できる街』となっています。
ある調査によると政令市1位が続いています。

子育ての充実には、両親ともが子育てできる環境にあることが重要です。
ワークライフバランスの推進や、
イクボス宣言もどんどん進められました。
親だけが頑張るのではなく、職場全体で子育てを応援する体制を進めていこうとしています。

公害克服や、社会教育の推進など、北九州市は女性の活躍により底上げされていった街です。
そうしたこともあり、女性参画にも力を入れてきました。
市政の諮問機関となる各会議・会合には女性参画率を半数にするように徹底されました。
いち早く全国1位に達したと記憶しています。


散らばった状態で、色々と書いてしまいましたが、
『人を大切にする』という市政に始まり、
『暮らしやすさ』の実現を目指しました。
『未来へ』と向かう北九州市を描きました。

SDGsを代表とした、
未来志向や、人それぞれを大切にする市政でした。

(落選となりましたが後継ぎとなる候補者がその辺の公約が見えてこなかったのが、個人的には残念でした)


市政だけで実現したことではないと思います。
国や社会全体として、動いていったことを体現していったものが多いかもしれません。
社会や未来への流れを読み取り、汲み取り実現されていったと思います。

経済衰退や人口減少などの批判もあるようですが、それも北九州市に限ったことではないと思います。
オフェンスよりも、しっかりとしたディフェンスから攻めていくような市政だったかもしれませんね。失策が少ない市政運営だったと感じます。

隣りの大都市は、市長自らがバンバン発信して発展してるってよく比較されますが、例えば熊本地震のときなんかは、隣りの市長はワンマンで勝手にどんどんやるもんだから現場は混乱しましたよ。一方で、こちらの市長は、堅実に職員派遣や災害ゴミの受入れなど、政局よりも行政的に動かれておりました。
東日本大震災のときも原発関連でもめた、災害ゴミの受入れもいち早く名乗り出て、被災地・被災者のため、可能な限りの協力の姿勢を見せた姿は勇敢でした。

政治家というよりも、行政としての首長というような、堅実な市政運営でらっしゃったと思います。
色んな意見がある人もいると思いますが、ぼく個人の感想としては、盤石で世間の風や未来を意識した市政運営で、感服することばかりでした。

改めて、16年間の功績に敬意を表したいと思います。


この記事に対しても、様々な意見、批判があるかもしれませんが、それもこれも、ぼくたち市民が選んだ首長でした。

分裂もありましたが、新たな市長が誕生します。
市民として、市民活動者として、部下の一人として、新市長を支え、次の北九州市を創っていきたいと思います。

新市長は厚労省のご出身ということもあり、
地域包括ケアをはじめとした、福祉のまちづくりに更に期待、注目したいですね!!


今日もご覧いただきありがとうございます。


<1年前の”今日”の記事★>

いいものを、子孫の、代まで。
一年前の今日も、同じようなことを書いていますね。

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